ロングセラーを読む

事故の記憶風化させない力 横山秀夫著「クライマーズ・ハイ」

昭和60年8月12日夜、東京・羽田発のジャンボ機が、群馬・御巣鷹山に墜落し、520人が死亡した日航ジャンボ機墜落事故。

本書は当時、群馬の地元紙記者だった作家、横山秀夫さんが、事故をモチーフに書いた小説。事故から18年後の平成15年に単行本刊行、18年に文庫化され、文芸春秋によれば、それぞれ16万7千部、72万7千部と版を重ねている。

主人公は群馬の「北関東新聞」記者・悠木。社会部育ちの40歳で部下を持たない「独り遊軍」だ。あの8月12日は翌日に販売の「山屋」安西と谷川岳・衝立(ついたて)岩登攀(とうはん)のため夜出発する予定だったが、出る直前に事故の一報が流れ、「日航全権デスク」を命じられる。そこから始まる事故報道のヒリヒリと焼けつくような7日間と、17年後、安西の息子と衝立岩に挑む悠木の思いが交錯して描かれる。

全権デスクの悠木は苦悩していた。<群馬で事件と言えば>とされる「大久保事件」「連合赤軍事件」の現場を踏み、<事件の遺産で飯を食ってきた>編集幹部らは「世界最大の航空機事故」の現場を得た後輩記者に「嫉妬」。現場からの原稿をツブすなど悠木を追い込み、後輩たちは反発する。

当初は「嫉妬」する側だった悠木は、葛藤しながら紙面づくりに腰を据えていくが…。

スクープや、「命の重み」を左右する報道などメディアの在り方のほか、組織や家族の問題もちりばめた普遍性もある。単行本を編集した武田昇さんもその魅力を「次々と負荷をかけられる悠木の姿に自分を重ねる読者も多いのでは」とみる。同時に、「世代を超えて訴求し、事故の記憶を風化させない力がある作品」ともいう。

記者もあの夏、御巣鷹山に登った。すでに数日後だったが、入社2年目の若造は土ぼこり舞う山上で右往左往するばかり。現場のありようを伝える満足な原稿は書けなかった。本書を読むたびに、事故の記憶と当時の自分の不甲斐なさ、それを少しでも糧にと肝に銘じてきた歳月が思い出される。

著者は、<転んでも、傷ついても、たとえ敗北を喫しようとも、また立ち上がり走り続ける>人生を<捨てたものではない>と書く。明日を生きる力をもらえるはずだ。

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