その日、川崎の脇坂は何かが吹っ切れたように的確なボールさばきをみせた。2日のJ1浦和戦。2アシストをマークして逆転勝利の立役者になった。今季公式戦5試合目でようやくアシストが付き、「勝利に貢献できてよかった」と安堵(あんど)の表情。今季、クラブの偉大なOB中村憲剛氏から背番号14を受け継いだ26歳が、一皮むけた姿を見せた。
劣勢を2分でひっくり返した。0-1で迎えた後半17分。狙いすました左CKで家長の同点弾をお膳立て。同19分には左の塚川からパスを受けると、一瞬で右前にターンしてDFを突破。そのまま加速してペナルティーエリアまで進入すると、3~4人に囲まれながらも巧みにボールをキープ。最後はバランスを崩しながら右の山根にパスを送り、逆転のミドルシュートにつなげた。
下部組織出身の脇坂にとって、2020年に引退した中村氏は幼いころから憧れと尊敬の対象だった。日本代表でも国際Aマッチ68試合6得点のレジェンドの後を継ぐには、強い覚悟が必要だった。求められるものは高くなり、周囲からの視線も厳しくなる。それでも「重圧をはねのけることで大きく成長できる」と、昨季は空き番だった「14」を継承した。
しかし、思いの強さが自身を苦しめた。お披露目戦となった2月12日の富士フイルム・スーパーカップの前には、「ユニホームを着る前から緊張するのは初めて」と吐露。必要以上にプレッシャーを感じていた。リーグ開幕後も「チームにうまく合わせよう」という思いからプレーが空回り。得点に絡めぬまま、途中交代する試合が続いていた。
そんな脇坂の姿を見て、鬼木監督も悩んでいた。「決意の上の14番。見ておいてあげるのも大事だけど、自分の中で勝手にいろんなものを膨らませているような感じがした」。何かをつかむきっかけになれば、と声を掛けた。
「お前はお前だから。憲剛のようなゲームメークを求めてる訳じゃない」