Dr.國井のSDGs考(11)

日本の危機管理進めたペルー大使公邸占拠事件 国連防災機関代表・水鳥真美さん(上)


医師の國井修さん
医師の國井修さん

國井 私は日本では阪神大震災や東日本大震災、海外ではミャンマーのサフラン革命や15万人が亡くなったサイクロンなどの現場で働きました。ソマリアでは内戦とともに、60年に1度の大干魃(かんばつ)で食料危機、飢餓がありました。いろいろな現地対策本部で働きましたが、水鳥さんがおっしゃるように、日本人は自分のテリトリーを守りながらも協調性を持って支援活動をしますよね。国際機関や海外のNGOの人の中には、主張が強くて協調性に欠けたり、声は大きいけれど実質的な活動はあまりしなかったり、批判や文句が多すぎることもありますが、日本人には、自分たちは目立たず、できるだけ現地の人たちに寄り添おう、周りと協力しながらやろうと努める人が多いように思います。

水鳥 もうひとつ良かったと思うのは、対策本部がかなり大きな規模になったことです。組織が疲弊しないよう余裕のある人員構成にした。それは非常に重要で、特に長期化した中では、もちろん疲れは出ても健康に支障をきたすほどではなく、睡眠も食事もとれる状況で運営されていたのが良かったと思います。ともすると日本は精神論で、何日も徹夜するのがすばらしいという考え方もありますが、長期化する可能性のある危機管理においては、余裕ある布陣を組むことが重要です。

「清く正しく貧しく」は誤り

國井 日本人のボランティア精神の中には、清く、正しく、美しく、そして貧しく、といった傾向があるように思います。被災者が大変な状態にあるのだから、救援に来た人がしっかり食べたり飲んだりしちゃいけないとか、いい場所で寝泊まりしちゃいけないとか。私はソマリアで働いていたとき、日本のNGOなので清く正しく美しく、みすぼらしく汚い宿舎で生活していたんですが(笑)、フランスの国境なき医師団の宿舎に招かれて食事に行ったら、フランス料理のフルコースとおいしい赤ワインが出てきてびっくりしました。フランスから飛行機でおいしい牛肉やワイン、チーズを持ってきている。そんなぜいたくをしていいのかと若い頃は思ったんですが、次第にその理由が理解できるようになりました。過酷な状況に何カ月もいて仕事をしていたら、精神的ストレスはどんどんたまっていきます。実際に精神的におかしくなる人が人道支援には少なくない。支援者のメンタルヘルスの維持に食事は効果的です。ペルーの事件のときも、対策本部ではお昼においしい日本食が出ましたよね。精神的に辛くなっても、昼食を通じて心を休めることができました。

水鳥 清く正しく美しくまではいいけれど、貧しくまでいくと良くない。ワークライフバランスというか、自分の生活がある程度満たされていていないと、周囲に優しくすることは難しいですから。日本の外で仕事をするようになって、そういうことが大事だと思うようになりました。

國井 ワークライフバランスといえば、水鳥さんが外務省を辞めたと聞いたときは驚きました。外国人と結婚されてお辞めになったと聞きましたが、水鳥さんみたいな人がなぜ結婚のため仕事をやめたのか、なぜ両立できなかったのか、なぜパートナーを説き伏せて仕事を続けることができなかったのか、と疑問に思う人がいたようです。プライベートな話で申し訳ないのですが、なぜだったのでしょうか?

水鳥 外務省の仕事はやりがいがありましたし、同僚や上司、若い人たちも優秀で仕事をするのが楽しい仲間でした。仕事に疑問をもったりいやになったりしたわけではないのです。夫は学者なので、彼が日本の大学に務め、私が外務省で仕事をすることも検討しましたし、彼が当時いたイギリスに私が赴任する手も考えました。外務省もいろいろ検討してくれましたが、結局は外務省を辞めてイギリスに行くことにしました。後ろ髪をひかれるところはありましたが、当時は50歳になるかならないかで、転職するなら最後のチャンスだとも思いました。

もうひとつ思ったのは、自分の人生を考えた場合、外務省で退官まで務めた場合、50歳から数えて長くて15年くらい。夫との関係が続き、かつ健康に長く一緒に住むことができれば、倍の30年くらいある。それをはかりにかけ、どちらを取るか。さらに、その後の転職がかなったので後付けの理由ではありますが、人生の中でひとつの仕事でなく、いろんな形で国際社会に貢献する、あるいは日本のために日本にかかわる仕事をすることもありかなと今では思っています。

おかげさまでイギリスで携わっていた仕事も日本文化と関係がありましたし、今の仕事は日本が重視している防災・減災というアジェンダに関わる職務です。外務省を辞職するときはあまり深く考えず決めたことが、運良くうまくいっている、というのが正直なところです。あえて言えば、公私共に一度決めたことは後悔しない、ということが大事かもしれません。

ワークワークワーク?

國井 私は今年2月に今の仕事(グローバルファンド)を辞めて日本に帰国することにしたのですが、これが大学卒業後26回目か27回目の引っ越しになります。転職を繰り返すのは日本ではあまりよいこととみられないでしょうが、欧米では政府、民間、NGO、国際機関などを行ったり来たりしながらキャリアを作っていく人は多くいます。そんな中で知識や経験を身につけて実力もつけ、次の職場でそれを発揮する。水鳥さんは、外務省で女性初の事務次官と期待されながらそれを辞して民間へ、そして国連機関のトップへ。パイオニアともいえます。

水鳥 パイオニアは國井先生ですよ。医療という核があり、それを違った角度からさまざまな職場、いろんな国で生かされている。この前、先生の奥さまと初めてお会いしましたが、そんなにお忙しくされた人生の中で、お子さまが3人おられ、皆さまもう成人されていると聞いて驚きました。先生もワークライフバランスを大事にされてきたのですか。

國井 私はスタッフに対してワークライフバランスは重要だといいながら、昔は「ワークワークワーク」でした。ワークホリックといってもいいでしょうね(笑)。幸いパートナーがとてもできた人間で、知り合いから「宇宙人」と呼ばれるほど個性的。どんな過酷な状況、苦境にいてもたくましく、常にポジティブです。そのせいか、子供たちもたくましく個性的に育ちました。わが家は5人が皆違った方向を向いて自分の好きなことをやっているのですが、逆に絆は強く、たまに会うとよくしゃべり刺激し合い、お互いに「すごいなあ」とリスペクトし合ってます。かなり個性的な家族だと思います。私なりにそんな家族を大切にしてきたつもりですが、家族にはダメおやじと思われているかもしれません(笑)。=(中)に続く

「みんなで取り組む 災害時の保健・医療・福祉活動」
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