Dr.國井のSDGs考(11)

日本の危機管理進めたペルー大使公邸占拠事件 国連防災機関代表・水鳥真美さん(上)

占拠された日本大使公邸屋上で横断幕を掲げる日本人人質=ペルー・リマ、1997年1月
占拠された日本大使公邸屋上で横断幕を掲げる日本人人質=ペルー・リマ、1997年1月

世界の紛争地域で支援活動に携わり、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称・グローバルファンド)」の戦略・投資・効果局長から、この3月に「公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)」のCEOに就任した医師の國井修氏。「No One Left Behind(誰も置き去りにしない)」を人生のテーマに掲げる國井氏が誰も置き去りにしない社会を目指すヒントを探る11回目の対談が、外務省を経て現在は国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美氏をゲストに行われた。東日本大震災から11年、世界の防災対策の現状や相次ぐ複合災害に対して必要な対策について話し合った(対談はオンラインで1月19日に実施)。

出会いはペルーの対策本部

國井 初めて水鳥さんとお仕事をしたのは、ペルーで起きた日本大使公邸占拠事件のときでした。

水鳥 もう25、26年前ですね。日本がテロの標的となり、多くの日本人が人質になり長期化した日本の近現代史になかった事件でした。私は当時ワシントンの大使館に勤めていて、忘年会から職場に戻ってもう一仕事しようと思っていた矢先、先輩職員から「水鳥くん、大変だからすぐテレビをつけなさい」と。テレビでは青木盛久駐ペルー大使がインタビューに応じているのが中継されていました。ペルーの大使館員は天皇誕生日レセプションへの招待客とともに全員人質にとられ、大使館が存在しない状況になっており、私を含め世界のいろいろな地域からスペイン語を解する人間が急遽(きゅうきょ)応援に入りました。

十数人で始まった対策本部も、さまざまな省庁、國井先生のような医療関係者、民間のご支援を得て、大きな対策本部になりました。いくら日本の大使公邸が占拠されたとはいえ、オペレーションの最高責任者はペルー政府で、明らかに日本が標的にされているのに、要求の多くはペルー政府に対する要求。のむ、のまないは最終的にペルー政府が決めることなので、日本政府はペルー政府と交渉しながら人命第一で事件を解決することに苦労しました。当時の日本政府内には、しっかりとした形の危機管理対策がなかったと言えるでしょう。なぜなら幸いなことに、今までこれほど大きな事件がなかったから。危機管理という概念が定着していない中で、皆が手探りでその日起きるさまざまな事柄に対応していました。

国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美さん
国連防災機関(UNDRR)のトップを務める水鳥真美さん

國井 私は最後の1カ月しか現地にいなかったんですが、水鳥さんは始めから終わりまでずっと、対策本部長に関わり、大変なご苦労だったと思います。

水鳥 膠着(こうちゃく)状態が続き、テロリストとの対話も途絶えて状況が分からないところで、ある日突然、ペルー軍が公邸に突入しました。日本人の人質は誰一人として命を落とさず解放されたのですが、ペルー人の人質と突入した軍の関係者の計2人が亡くなりました。

4カ月という長い期間を乗り越えるのは大変でしたが、國井先生がおられた医療班も含め、全員が結束し協調しながら乗り切りました。その後、外務省の中で縦割りでなく総合的に危機管理を行う総合外交政策局の機能が強化され、在外公館の警備体制も強化策が図られました。大変な経験でしたが、日本の危機管理が進むきっかけとなった事件でした。

常に冷静なリーダー

國井 医療班では人質の健康管理、特に持病を持っている人がいましたので、赤十字の方々と連携して薬を提供したり、栄養バランスを考えた食事を提供したり、日本から来ている家族や会社関係者の健康管理をしながら、強行突入などで人質がけがをしたときに備え、どこの病院にどのように送るか、医療のレベルは大丈夫か、病院の輸血は安全かなど、さまざまな調査と準備をしていました。他にも多くの班があって、騒然とした状況が多い中、水鳥さんは物腰が柔らかいながらも冷静沈着で決断力があり、動揺を見せないすばらしいリーダーでした。

水鳥 それは過分なお言葉です。当時私は、対策本部で人質との対話を行っていた寺田輝介メキシコ大使や中南米局長を支える立場でした。先生に冷静だったとおっしゃっていただきましたが、多少でもそう見えたのだとしたら、対策本部の皆さんがとても優秀だったからです。民間の人たちも各省から来ている人たちも非常に優秀で、役割分担が明確であり、強い連帯感を維持されていた。組織の作り方も、運営のされ方も非常に良かった。危機管理をしている究極の現場に、協調性に欠ける人や優秀だけど過激な性格の人がいると、なかなかうまくいかないと思います。しかも長期戦ですから、だんだん疲弊しますよね。そういう中でもチームワークがすばらしかったので乗り越えられたとつくづく思います。これは危機管理の鉄則じゃないでしょうか。

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