ロシア軍の激しい攻撃を受けるウクライナ第2の都市、東部ハリコフにとどまり、市民を避難させ続けている男性がいる。露軍のウクライナ侵攻後、国内の比較的安全な地域へ車で市民を送る活動を始め、これまでに300人以上を退避させた。オンライン取材に応じた男性は露軍の攻撃を「人々を恐怖に陥れるテロだ」と訴え、「命を失うことは怖くない。生まれ育った町と市民を救うために戦いたい」と強い口調で語った。(ポーランド南部ジェシュフ 板東和正)
「ハリコフから(ウクライナ中部の)ポルタワに向かう車が明日正午に出発する。まだ席があるから連絡をください」
ハリコフ北部に住む音楽家のワシーリ・リャブコさん(47)は毎日、自身のフェイスブックで避難の援助を市民に知らせる投稿をしている。露軍の攻撃で周囲の交通網が混乱する中、市民を無料で退避させる活動を考案。バスやトラックなどを集め、2月28日から友人らと行動を始めた。1日数十人の市民をハリコフから脱出させ、約130キロ離れたポルタワや列車が運行する都市の地下鉄まで移動させている。
ハリコフ生まれのリャブコさんは町を守るため、2月24日の侵攻開始後、軍隊に所属し、戦闘に参加したが、足を負傷し歩行困難になった。「露軍と直接戦うこと以外に市民を救う方法はないか」と考えた。妻と子供をウクライナの別の都市に避難させ、自身はハリコフに。空爆を避けるため、地下に避難しながら命がけで支援を続けている。
リャブコさんによると、ハリコフでは露軍の砲撃やミサイル攻撃が日中絶え間なく続き、夜間もロシア機の爆音が響いている。400棟以上の家屋が壊され、ハリコフ州庁舎もミサイルで破壊された。核物質を扱う「物理技術研究所」も攻撃を受けている。病院も標的となり医療従事者は防弾チョッキを着て業務に当たっている。軍隊だけでなく、武器を手にした民間人も露軍に応戦しているという。
リャブコさんは「侵攻以降、数えきれないほどの死者や負傷者、損壊した建物を見てきた。多くの人が行方不明になり、死者は今後も増え続けるだろう」と暗い表情で語った。「露軍はハリコフの多くの地域で水や電気、ガスの供給を停止させた。インターネット回線も遮断しようとしている」という。
マイナス12度前後の極寒の中、「市民は暖房もつけられず、空襲の恐怖と寒さで震え過ごしている」と現地の状況を説明。「ロシアは罪のない市民を恐怖に陥れている。これは軍事作戦ではなく、民間人を標的にしたテロだ」と非難した。
一方、ハリコフの店舗では食料はわずかしかないが、首都キエフから陸路で支援を受けている。リャブコさんは食料をハリコフに輸送し、市民や軍隊などに無償で配るボランティア活動もしている。「戦争が終わるまで、諦めずにこの町と市民を守り続ける」。決意を語る表情は悲壮だ。