ロシア軍のウクライナ侵攻をめぐり、アルファベットの「Z」の文字が波紋を広げている。ロシアの軍用車両などに記され、戦争支持の象徴として国内外で拡大。世界中が侵攻を非難する中、中東で開催された体操の世界大会では、主催した連盟に国旗などの使用を禁じられていたロシア選手がZマークをユニホームにつけて出場し、物議を醸した。「Z」にこめられた意味とは何なのか。専門家に聞いた。
Zマークは2月24日の侵攻開始前、ウクライナに向かうロシア軍の車両の側面で確認された。同国の軍用車両や装備など、あらゆる場所に表記されており、インターネット上では解釈をめぐる議論も起きた。
ロシアやウクライナで使われる「キリル文字」ではないアルファベットのZに、どんな意味があるのか。軍事専門家の間では、ロシア語で「勝利のために」を意味する「Za pobedu」や、西を指す「Zapad」との説のほか、ウクライナ大統領のゼレンスキー氏の頭文字ではないか、との見方もあった。
ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする東京大先端科学技術研究センターの小泉悠(ゆう)専任講師は「友軍を識別するための記号の一種ではないか」と推察する。
小泉氏によると、2008年のロシアとジョージアの軍事衝突の際は、ロシア軍の車両に十字型の印が描かれていた。「以前も、大規模な国家同士の戦争では同様の識別記号をつけていた。今回も、Zマークに特別深い意味はないのではないか」と話す。
ロシア当局はZの意味について明らかにしていないが、ロシア国内ではZマークが侵攻を支持するシンボルとして急拡大している。ロシア国防省は、インスタグラムにZの文字とともに、「勝利のために」「真実の強さ」といったメッセージを何度も投稿。会員制交流サイト(SNS)にはZ印がついた車や、Zと書かれたカードを掲げて行進する人の写真もあふれている。
カタールで開催された体操の種目別ワールドカップ(W杯)では5日、ロシアのイワン・クリアク選手が、胸にZマークをつけたユニホームで出場。ロシアは国際体操連盟(FIG)主催大会では国旗などの使用を禁じられていたが、クリアク選手は胸のエンブレムを隠すように白いテープで「Z」の文字を付けていた。平行棒で3位に入り、表彰式では優勝したウクライナ選手と表彰台に並んで立って激しい批判を浴びた。
行為を問題視したFIGは、クリアク選手の懲戒手続きを開始するよう体操倫理財団に要請すると表明。一方、ロシアメディアによると、同選手は「もう一度機会があれば、全く同じことをする」と語ったという。
こうした動向について小泉氏は、「人々を結集させるようなシンボルがあると、政治的な運動は成功しやすい。政権にも『国民は戦争を支持している』と見せるために利用したい意図があるのだろう」と解説する。ロシアは情報統制を強化する法改正も行ったが、軍事侵攻に反対する国民は少なくない。小泉氏は「分かりやすいプロパガンダは、かえって強い反発や抵抗を招くこともある」とも述べた。(桑村大)