捕獲だけじゃない先進的イノシシ対策誇る町役場

囲い罠にかかったイノシシ=島根県美郷町
囲い罠にかかったイノシシ=島根県美郷町

島根県中部の中国山地に位置する美郷(みさと)町。イノシシなどの獣害に悩まされてきたこの町の活性策として役場に誕生した「山くじらブランド推進課」が新年度から「美郷バレー課」に改組する準備をしている。山くじらとはイノシシ肉のこと。新名称は、鳥獣害対策の集積地を目指すという意味合いから、IT企業の一大拠点、シリコンバレーをもじって決まったという。いったいどんなことをする部署なのか。山あいの町の取り組みを追った。

イノシシが出没

人口約4700人の美郷町は高齢化率が約48%、人口10万人当たり100歳以上の割合が県内トップクラスの長寿の町だ。町の面積の約9割が林野。町を走っていたJR三江線は平成30年に廃線となった。

新しくできる美郷バレー課は、メンバーは3人。前身となる山くじらブランド推進課と同じ人数だが、業務内容は変わるという。

地域活性化のため、山くじらをブランド化してPRする部署から、町を鳥獣害対策の集積地にすることを目指す部署への転換。名称変更は町役場の模索の流れも表現している。

山くじらブランド推進課長の安田亮さんに話を聞くと「取り組みは、今から20年以上前にさかのぼります」と経緯を教えてくれた。

「平成に入ったころから、中国山地でイノシシの出没が増えました。耕作地の放棄や過疎でイノシシと人間の住む境界が乱れてきたのです」

町ではイノシシなどにより田畑が荒らされ、農作物に大きな被害を受けるようになった。そこで、町は平成12年から猟友会だけに頼るのではなく、農家自らが狩猟免許を取得する体制づくりを構築。猟シーズンの冬ではなく、農作業が最盛期を迎える夏場にイノシシを捕獲し、資源活用できないか検討を始めた。

調べてみると、夏のイノシシは痩せて脂肪が少ないため、高タンパク・低脂質でヘルシーな肉であることがわかり、それまで廃棄されていた肉を食用として供給するようになった。16年には鮮度を保ちながら野趣あふれるイノシシ肉を提供する「おおち山くじら生産者組合」が設立され、天然イノシシ肉として売り込みを始めたという。

島根県美郷町山くじらブランド推進課長の安田亮さん
島根県美郷町山くじらブランド推進課長の安田亮さん

地域づくりのモデルに

21年には地元の女性たちにより、イノシシのなめし革を使った皮革製品の創作グループが誕生。ペンケースや名刺入れといった小物も商品化されるようになった。

その活動は、農林水産省からも表彰され、安田さんは「獣害対策を契機にした、地域づくりのモデルとなっていった。おばちゃん、おばあちゃんたちがクラフト活動をする、楽しみながら集まる場も生まれました」と説明する。

さらに、令和元年度には、それまで産業振興課が担当していた関連事業を独立させた「山くじらブランド推進課」が設けられた。

すると、地域資源として獣害を逆手に取った取り組みをさらに強化し、大学や民間企業との連携を進めたり、町外から人と技術を呼び込むブランド化が図られたという。

昨年4月には獣医師の育成で知られる麻布大(神奈川県)のフィールドワークセンターが町内に開設され、鳥獣被害対策の指導・支援の場となった。

また、鳥獣害対策部材の製造・販売メーカー「タイガー」(大阪府吹田市)も中国営業所を設置。NPOとの連携や津市や兵庫県丹波篠山市とも獣害対策をきっかけに、ノウハウや技術の共有を進めるようになり、山くじらだけにとどまらない産官学民の共同体が形成されたのだ。

「美郷町が、鳥獣害についての最新の情報や人脈が得られる場所になれば」

そんな思いから「美郷バレー課」と名称変更する案が浮上した。

島根県美郷町内に開設された麻布大フィールドワークセンター
島根県美郷町内に開設された麻布大フィールドワークセンター

獣害対策で地域づくり

国も増え続ける獣害対策として、平成23年度から10年計画で約98万頭いると推計された野生イノシシを半減、シカを約320万頭から約120万頭に減らす捕獲強化を打ち出した。令和2年秋から昨年3月まで国が行った集中捕獲キャンペーンなどにより、全国で頭数は約14%減少したが、農作物の被害額は約161億円と、被害額はほぼ横ばい傾向にある。

安田さんは「捕獲数と農作物被害は、関係ない」と言い切り、「地方は獣害に加え、人口減少問題も抱える。数を減らして鳥獣害対策とする時代ではなく、地域の問題として捉えるべきだ。動物ではなく、人に焦点を当てた取り組みが必要だ」と訴える。美郷町は獣害対策を地域づくりへと生まれ変わらせた。

同町の嘉戸隆町長も「そもそも、獣害対策を住民が一致団結してイノシシをジビエとしてどう利用するか、地域コミュニティーが活発になり、町を再生することはできた」と総括したうえで次のように述べた。

「これからは、町の最重要戦略として、美郷バレー構想を進めたい。町の強みとは、他にまねされない絶対的なもの。美郷町ではそれが獣害対策のノウハウだ」(藤原由梨)

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