朝晴れエッセー

おんちゃん ありがとう・3月11日

午前7時20分発の飛行機に乗るため、6時に関空へ向かった。空はまだ暗い。

母の妹の夫であるおじが亡くなった。

あの震災から11年になる。自宅で津波にのまれ次の日にヘリコプターに救助された両親を、自宅に呼び寄せてくれたのがおば夫婦だった。

高齢の両親が寒い避難所の体育館の冷たい床で過ごさなくていいこと、あたたかなおばの家で布団でゆっくりと眠れる幸せ。

寒い中並ぶことも我慢することもなく、行きたいときにトイレに行ける幸せ。飲みたいときに水を飲み、そしてあたたかいご飯をいただける幸せ、どんなに感謝してもしきれない。

おばの、「(両親を)呼んでいいか」という言葉に二つ返事で「いい」と言ってくれたというおじ。

両親の無事を確認し、すぐに車で向かった私たち家族4人もお世話になった。

津波にのまれ、乾いた泥が頭についたままだった父、母もおば夫婦もよく来たと涙ながらに迎えてくれた。

告別式では地域の小学校の校長先生が、17年間朝に夕に見守り隊として子供たちの登下校に立ち続けたことを、とても感謝していると弔辞で言ってくださった。

心臓の手術をし、ペースメーカーも入れていたのに、自分のことより人のために働くことを良しとしたおじらしい。

おんちゃん、あの節は本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

中尾ハルミ(62) 堺市中区

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