日本海海戦でロシア撃破 秋山真之が妻に打った電報

東郷平八郎(中央)らが等身大の立体パネルとなっている「三笠艦橋の図」
東郷平八郎(中央)らが等身大の立体パネルとなっている「三笠艦橋の図」

ロシアによるウクライナ侵攻に世界的な注目が集まるなか、松山市一番町にある「坂の上の雲ミュージアム」では、日露戦争(明治37-38年)に際し、日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った日本海海戦の様相を紹介するテーマ展示「運命の海」が行われている。連合艦隊参謀の秋山真之(さねゆき)(明治元年~大正7年)が戦いを終え、佐世保に帰港した直後に妻、季子(すえこ)(明治15年~昭和43年)にあてた電報(個人蔵)が初展示されている。

明治期の日本を切り開く人々を描いた司馬遼太郎氏の長編小説「坂の上の雲」で、主人公として取り上げられているのは松山市出身の秋山好古、真之兄弟の陸・海軍軍人と、文学者で近代俳句を確立した正岡子規だった。こうした縁などから、ミュージアムは平成19年4月に開館し今年は15周年を迎える。

第15回となる今回の企画展は「『坂の上の雲』にみる日本海海戦『運命の海』」。小説のクライマックスとなる「運命の海」の章を軸に、明治38年5月27、28日の日本海海戦について、豊富なパネルや映像、関連資料など計120点で紹介している。

内容は「日本海海戦への序幕」「日本とロシアの対比」「日本海海戦の実情」「旗艦『三笠』」-の4テーマからなり、制海権を確実にし、日露戦争を有利に導いた海戦勝利の様相を視覚的に理解できる構成になっている。

日本海海戦の様子を説明する「坂の上の雲ミュージアム」学芸員、川島佳弘さん
日本海海戦の様子を説明する「坂の上の雲ミュージアム」学芸員、川島佳弘さん

会場でひときわ目を引くのは人物群のパネル。記念艦三笠(神奈川県横須賀市)所蔵の絵画「三笠艦橋の図」をもとに、連合艦隊司令長官、東郷平八郎(弘化4年~昭和9年)や秋山真之らが立体的に浮き出している。

三笠艦橋の図は明治38年5月17日午後1時55分、三笠にZ旗が掲げられた直後の艦橋の様子を描写している。明治40年に描かれた当初の絵は大正12年の関東大震災で焼失し、大正15年に画家、東城鉦太郎(元治2年~昭和4年)によって描き直されている。

ミュージアム学芸員の川島佳弘さんによると、パネル化された人物はほぼ等身大という。「絵を見るとだれ一人笑っていません。実際に戦闘に臨む人たちに油断している人はいなかったのが分かる」と川島さんは話す。来場者はパネルの中に入って、東郷平八郎らと記念写真を撮ることができるようになっている。

「三笠」に掲げられていたZ旗と東郷平八郎の書など
「三笠」に掲げられていたZ旗と東郷平八郎の書など

会場中央のディスプレーでは、日露双方の艦隊がどのように進み、砲撃を交えたかをダイジェストの映像で紹介している。連合艦隊はバルチック艦隊の前方をおさえるべく、敵前で大回頭する有名な「東郷ターン」を敢行。集中砲火を浴びせ、旗艦「スワロフ」をはじめバルチック艦隊を撃滅した。

2日間に及ぶ戦いだったが、秋山真之は「最初の30分間で大局が決まった」と終生、語っていたという。

今回の展示について、川島さんは「小説の1つの章に注目したのが大きな特徴」としたうえで、「日本海海戦は、日本が勝ったという結果ばかりに目が行きがちだが、さまざまな経緯があり、そのときそのときで秋山真之は苦悩し、東郷平八郎は決断してきたのだということを改めて見てほしい」と話している。

三笠に掲げられていたZ旗や、東郷の書「皇国興廃在此一戦各員一層奮励努力」など、小説でもよく知られる資料のなかには、真之が妻、季子にあてた電報も展示されている。

秋山真之が妻、季子にあてた電報。極度の緊張から解放された心境がうかがえる
秋山真之が妻、季子にあてた電報。極度の緊張から解放された心境がうかがえる

「ダイショウリ ブジ サネユキ」

日付は明治38年5月30日。川島さんは「初展示になります。真之は三笠が佐世保に帰港してすぐの午後1時ごろ、奥さんに電報を打っている。ひとりの人物が戦い終わったとき、奥さんにあてた言葉です。極度の緊張状態にあった人の素直な気持ちが表れていると思う」と解説している。

テーマ展示は令和5年2月12日まで開催される。

会員限定記事会員サービス詳細