学生が見た被災地の今 ツアー通じて考える

被災地を訪れ、感じたことを報告する学生=10日、大津市
被災地を訪れ、感じたことを報告する学生=10日、大津市

11日で発生から11年を迎えた東日本大震災。東北から遠く離れた関西の学生が今月、被災地の「今」を知ろうと福島県の大熊町や南相馬市小高区などを訪れた。津波で破壊された建物の跡地、震災当時のまま残る小学校、そして震災後に新しくつくられた建造物…。テレビや新聞を通じてではなく、直接自身の目で見た被災地は若者にどう映ったのか-。

報告会の会場には学生が撮影した被災地の写真が並んでいた=10日、大津市
報告会の会場には学生が撮影した被災地の写真が並んでいた=10日、大津市

「こんなに津波の力がすごかったなんて」

津波が流れ込み、見る影もなくなった建物の数々。津波の破壊力をまざまざと見せつける写真を見ながら、学生が声を震わせた。

今月10日、学生向けの〝就活ルーム〟として活用されている築100年以上の古民家「ツグミ」(大津市瀬田)には、東北を訪れた学生らが集まり、自分の目で見てきた被災地の現状や感想を報告した。報告会にはオンラインでの参加も含め、20人あまりが出席した。

「ここで生きていた…」

滋賀や大阪、京都の学生ら11人は今月1、2日に「行ぐべぇ、福島。」と題して福島県を訪問するツアーを実施。一部の学生は2月末に宮城県も訪れた。

企画したのは滋賀大4年の沢智子さん(23)。滋賀県高島市在住の沢さんは昨年8月に初めて被災地を訪問した際、「まだ解決していない問題がある。いろんな人と被災地について考えたい」と学生によるツアーを考案した。

ツアーでは、津波で大熊町の自宅が流され、居住地が原発事故で帰還困難区域に指定された木村紀夫さんらがガイドを務めた。津波で当時7歳の娘、汐凪(ゆうな)さんを失った木村さんは、沢さんらを自宅跡や当時のまま残る汐凪さんが通っていた小学校などへ案内。児童館にいた汐凪さんは当時祖父へ引き渡され、その後、津波にのまれ、行方不明となったという。

実際に汐凪さんが座っていた席や、掲示板に貼られたポスター、机に置いてある辞書…。「木村さんが震災前の汐凪さんの様子を話してくれた。実際に見たとき、本当にここで生きていたんだなと…」と沢さんは振り返る。

「千年先も伝えないと」

11年前、その場所で生活していた人の文化が一瞬にしてなくなってしまった。実際に訪れ、身をもって自然災害の恐ろしさを感じたからこそ、今後の課題も見つかった。「また(大きな災害が)起きるかもしれないことを想定して、どこに避難するのが安全なのかということも大事」。報告会に参加した学生からはこうした意見が相次いだ。

また、千年以上前、東日本大震災とほぼ同地域で起きた貞観地震の情報が被災地で広く伝わっていなかったことにも触れ、「こうした情報が伝わっていたら、津波に対する準備ができたかもしれない。千年先も東日本大震災を伝えていかないと」といった発言もあった。

「また被災地へ」

今回初めて被災地を訪れたという滋賀県草津市の京都女子大2年、松田のぞみさん(19)は11年前、小学校の授業中にかすかに揺れたことを覚えている。「家に帰って、テレビで(津波などの)映像を見て、こんなにひどい被害だったんだと本当に驚いた」。テレビで見た被災地が忘れられなかった松田さん。今回の訪問では津波の被害だけでなく、原発事故についても深く考えるようになったと話す。「知らないことがまだたくさんあるので、もっと学び、また被災地へ行きたい。そしてこの経験を周りの人にも共有したい」。再び被災地を訪れ、震災を忘れない努力をしたいという。

沢さんが進行を務めた今回の報告会は3時間にもわたった。遠く離れた関西の地で生活する学生だが、「だからといって、考えなくていい問題ではない」と沢さん。「人の痛みにふれることや被災地について考えさせられた。今生きていることを大切にしながら毎日を過ごし、自分に何ができるのか考えていきたい」と語った。(清水更沙)

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