未来につながる非認知能力 公文式が伸ばす学力とやりきる力

第3回 東京大学大学院経済学研究科・経済学部 澤田康幸教授(開発経済学者)

実力を伸ばすための仕組みとして、一人ひとりに合った「ちょうどの学習」を大切にする公文式。らくらくできるところからスタートし、自分の力で教材に取り組むことで、集中して問題を解く力や作業効率、学習習慣を身につけることができる。そして、粘り強く課題に向き合う経験が、自ら成長していく土台となる自制心とやりきる力につながっていく。

公文式は現在、世界50を超える国・地域に学習の輪を広げている。開発途上国の貧困問題研究などで知られる東京大学の澤田康幸教授は2015年、バングラデシュのNGO「BRAC」が提供する非公式教育プログラムを学ぶ貧困層の小学生を対象に、公文式学習法(算数・数学)の学習効果を検証する社会実験を実施した。

その結果、公文式に取り組んだ児童は、計算スピードや正答率といった学習面での効果だけではなく、自尊心といった非認知能力も向上させていることが分かった。未来を生きるために必要な総合力ともいえる学力(認知能力)と非認知能力を伸ばしていく公文式の魅力について聞いた。

◇澤田康幸(さわだ・やすゆき) 兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大阪大学大学院・東京大学大学院を経て、スタンフォード大学大学院経済学部博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科助教授、同大学大学院経済学研究科教授、アジア開発銀行チーフエコノミスト兼経済調査・地域統合局長などを歴任、平成24年1月から現職。専門は開発経済学、応用ミクロ実証研究。著書に『自殺のない社会へ』(有斐閣・共著)、『巨大災害・リスクと経済』(日本経済新聞出版社・編著)など
◇澤田康幸(さわだ・やすゆき) 兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大阪大学大学院・東京大学大学院を経て、スタンフォード大学大学院経済学部博士課程修了。東京大学大学院総合文化研究科助教授、同大学大学院経済学研究科教授、アジア開発銀行チーフエコノミスト兼経済調査・地域統合局長などを歴任、平成24年1月から現職。専門は開発経済学、応用ミクロ実証研究。著書に『自殺のない社会へ』(有斐閣・共著)、『巨大災害・リスクと経済』(日本経済新聞出版社・編著)など

バングラデシュで公文式の学習効果検証

――公文式の学習効果検証を実施した背景とは

NGO「BRAC」は1972年にバングラデシュで設立され、開発途上国の貧困撲滅を目的に教育や保健など、さまざまな事業を行っています。公文教育研究会とBRACは2015年8月から8カ月間、BRACが提供する非公式(ノンフォーマル)教育プログラムで学ぶ貧困層の小学校3、4年生を対象に、公文式学習法(算数・数学)を導入し、学習効果を検証する事業に取り組むことになりました。その際、「効果について評価してもらえないか」とお声がけいただいたことがきっかけになりました。

――バングラデシュの教育の状況は

2000年9月に採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられた国際社会共通目標「ミレニアム開発目標(MDGs)」では、初等教育の完全普及が2番目の目標として掲げられていました。バングラデシュでも基礎教育の拡充に取り組み、一定の成果をあげてきました。しかし、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)などの調査では、開発途上国の子どもについて、初等教育を修了したにも関わらず、基本的な〝読み書き・そろばん(計算)〟ができないといった問題が浮上し、学びの危機(ラーニング・クライシス)として世界が注視しています。現在、SDGs(持続可能な開発目標)で、「質の高い教育をみんなに」という目標が掲げられています。

公文式に取り組むBRACスクールの児童。一人ひとりのレベルに合った教材に8カ月間、取り組んだ(公文教育研究会提供)
公文式に取り組むBRACスクールの児童。一人ひとりのレベルに合った教材に8カ月間、取り組んだ(公文教育研究会提供)

――BRACノンフォーマル教育プログラムとは

バングラデシュは小学校5年、中学・高校で7年の教育システムですが、BRACスクールはさまざまな事情で小学校に通うことができない子どもを対象にした学校です。5年間の小学校教育課程を4年でフォローする〝橋渡し学校〟です。

――そのBRACスクールで公文式学習を導入した

首都ダッカと近郊の34校を対象に社会実験を実施しました。1校あたり約30人の児童が在籍し、約1000人が調査対象となりました。2018年のノーベル経済学賞受賞となった無作為化比較試験(RCT)の研究方法に従い、通常授業の前に30分の公文式学習を8カ月間実施した学校17校(介入群)と、実施しなかった学校17校(対照群)に分け、比較しました。

――どのような結果が出たのでしょうか

学力面では、テストで1分あたりに正解する計算問題の数が、介入群では約76%より大きく増えました。介入群では、正答率もあがり、既存研究ではあまり注目されてこなかった計算スピードの向上が見られました。国際学術雑誌に発表しようと準備を進めていますが、論文査読者から「効果の数値が大きすぎる」と指摘が入っているくらいの効果が得られています。

――学習以外での変化は

児童は、現在の学力を測る学力診断テストを受け、介入群では自身のレベルの少し下の教材から開始しました。だから最初は、全員がほぼ満点。すると、やる気がでるわけです。この現在地点より少し下の学習内容からスタートするという公文式学習法の仕組みが、単純なようで実は大切なポイントで、特に自尊心や自信といった非認知能力を伸ばす端緒になっていると思われます。診断テストで点数が悪く、これらの非認知能力も低かった児童ほど、非認知能力の伸びが見られました。そうした意欲はその後、より点数を良くする学習や行動につながっています。興味深いことに、教室に計算スピードの速い子がいると、教室全体の解答速度が高まり、点数も向上します。教室全体に集中する雰囲気がもたらされ、切磋琢磨する健全な競争が生まれたのだと推察しています。

「習熟度に合わせた学習」がもたらす利点

――先生も公文式教室に通われていたそうですね

小学校3、4年生のときに通っていました。正直なところ、じっと座っているのがあまり好きではなかったですが、カリカリと鉛筆の音が響いている光景が記憶に残っています。「各自が自分にあったそれぞれの教材に、懸命に取り組んでいる」というのが教室に良い緊張感を生み出している。そういうことを思い出しながらバングラデシュで研究をしたわけですが、公文式というのはすぐれたプログラムだな…と再認識しました。50を超える国と地域で子どもたちが公文式学習に取り組んでいます。国や国際機関などが特に支援しているわけでもなく、民間事業として広がっているわけですから、すごいことです。

――ご自身の経験や検証結果を通して考える公文式の良さとは

開発途上国における学びの危機というのは、世界の課題の一つです。さまざまな最新の研究から解決策の一つとして指摘されていることは、「一人ひとりの習熟度に合わせた指導」(Teaching at the right level)の重要性です。とはいえ、そうした解決策は、質の高い教員を確保する必要があるなど、特に貧困地域にとってリソース面などで、難しい取り組みが必要となります。我々の社会実験において、公文式の教材を使うことで、コストを抑えつつ、レベルにあった学習が可能になることが分かりました。貧困削減やSDGs達成においても効果的な学習方法だといえるのではないでしょうか。

人生の可能性を広げてくれる非認知能力

開発経済学への関心は、高校生だった80年代。チャリティーコンサート「ライヴエイド」の映像などをみて、アフリカの難民・貧困問題に興味をもったという
開発経済学への関心は、高校生だった80年代。チャリティーコンサート「ライヴエイド」の映像などをみて、アフリカの難民・貧困問題に興味をもったという

――非認知能力が注目されています

さまざまな研究から近年、理数的基礎知識がより豊かな暮らしを営むために必要不可欠な能力だと指摘されています。加えて、そうした能力を社会でいかしていくためには、自立心や自尊心、意欲、忍耐力、自己規律といった非認知能力といわれる力が必要だとされています。自身の可能性を広げていくための手段として、認知能力と非認知能力双方を伸ばす重要性がクローズアップされています。

――公文式は非認知能力を伸ばしていく力がある

日本でもバングラデシュでも同じことですが、毎日座って、問題を解く経験を積み重ねることによって、忍耐力や自己規律が培われます。公文式は学習内容が定着してから次に進みますので、やりきる力がつきます。ただ、子どもは、強制されると続きません。「100点が取れた!」というようなうれしい気持ちや成功体験が大切です。公文式は、単に計算ができるようになるだけではなく、日々の取り組みを通じ、自己客観視ができるようになる。「ここまではできる」という自信。その自信が次の挑戦と自発的な学びにつながっていきます。達成感を積み上げていくことで、着実に学力を蓄え、認知能力と非認知能力が伸びていくような仕組みになっていると思います。BRACスクールでの学習効果検証の際も、当初は学力向上を中心に注目していたのですが、むしろ非認知能力を鍛えるという意味合いの方が強いのではないかと考えるようになりました。

――教育の大切さとは

教育を受け、認知能力と非認知能力のバランスがとれた総合力を鍛えることで、個人は豊かな生活を得られ、社会の一員として社会の発展にも貢献できるようになります。世界はめまぐるしく変化しているわけですが、新しい情報や技術に遭遇したとき、自分なりに咀嚼(そしゃく)して自身の中に取り込んでいく必要があります。すぐれた知識を自分のものとして使えるものにし、新たな世界に挑戦できるようにすることが、教育の役割です。

――開発経済学者としての次の目標は

開発途上国のスラムや農村での研究を続けてきました。科学としての経済学の発展の一端を担い、SDGsの下でグローバルな貧困削減に取り組む使命感もあります。もちろん、新しい発見をする楽しさやワクワク感、あるいは危機感もあります。阪神淡路大震災で実家が全壊したのですが、一瞬にして資産を失う災害を目の当たりにし、再建スキームが乏しいことにがくぜんとしました。そういう経験からも、「社会が直面する問題の原因は何か」を探ることに関心を持ち続けています。原因を丹念に探ることで、解決への糸口を見いだすことができるのだと思います。教育の分野では、一つの学習法がすべての子どもにベストであるとは限らないので、より個々に合った学びを可能にするテクノロジーのあり方に興味を持っています。コロナ禍という突然の逆風に見舞われていますが、バングラデシュでの学習効果をさらに改善し、将来にわたり、どのように持続させていけるのか。貧困層の子どもたちを長期間追跡していくのはなかなか難しい面があるのですが、根気よく挑戦を続けていきたいと考えています。

公文教育研究会とBRACが協働する公文式の普及事業は続いている。首都ダッカに3教室があり、多くの子どもらが学んでいる(公文教育研究会提供)
公文教育研究会とBRACが協働する公文式の普及事業は続いている。首都ダッカに3教室があり、多くの子どもらが学んでいる(公文教育研究会提供)

――未来につながる子どもの総合力を伸ばす公文式の普遍的な魅力とは

〝学びの共同体〟といった存在感ではないでしょうか。勉強が苦手な子どもも、適切な教材に取り組むことで伸びていく。勉強がよくできる子どもは一人でも勉強できますが、切磋琢磨しながら人とのつながりを深めることができます。公文式の教室は、そういう場所なのではないでしょうか。学力を伸ばすためには、繰り返し学び、知識を定着することがポイントになってきます。公文式は、スラスラできるところから始めて、個人の習熟度に合わせて学習を進めていく中で、「やって、できた」という成功体験を積み重ねていくことができます。つまずいても、「どこでミスしたか、どうすれば解けるようになるか」を考えることで、自分自身を客観的に見る力も高まります。日々の学習での達成感が、次の自発的な学びや挑戦を後押しする力となり、学力と非認知能力を伸ばしていく仕組みになっているのではないでしょうか。だから、日本やバングラデシュだけではなく、さまざまな国や地域で、学力レベルの異なるさまざまな子どもたちが伸びていけるのだと思います。重要なのは、その過程を持続的に反復できるかどうか。そのためには子どもが〝良い場〟に巡り合うことが大切なのではないでしょうか。

⇒「ちょうどの学習」を追求する公文式の特長について知りたい方は、公文式HPへ

提供:公文教育研究会


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