【ソウル=桜井紀雄】9日投開票の韓国大統領選で、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンヨル)前検事総長は、得票差が1%にも満たない異例の接戦を制した。尹氏は政治経験のないことが不安視されたが、持ち前の行動力で選挙戦の危機を打開してきた。保革の対立が深刻さを増す中、韓国の新たなリーダーとして、分断した社会を統合するという試練に挑むことになる。
テレビ局3社の出口調査結果が公表された9日夜、尹氏陣営は静まり返った。10ポイント近い大差で勝利するとの予測に反し、革新系与党「共に民主党」候補の李在明(イ・ジェミョン)前京畿道(キョンギド)知事とほぼ一線だったからだ。李陣営では逆に「勝った!」との歓声が上がったほどだった。
大勢が決したのは10日午前3時すぎ。自宅から姿を見せた尹氏は支持者らを前に「夜がとても長かった」と語った。国会施設で行った勝利宣言では「選挙運動で多くのことを学んだ。国のリーダーになるため必要なもの、国民の声をどう傾聴するかなどを学んだ」と振り返り、競り合った李氏らに「政治発展のために貢献した」と謝意を示した。
「競争は終わった。皆で力を合わせて国民と韓国のため、一つにならなければならない」とも呼びかけた。夜が明け、歴代大統領や朝鮮戦争の戦死者らが眠る国立墓地を参拝し、芳名録に「統合と繁栄の国をつくる」と記した。
これに先立ち、李氏は記者会見で「全ての責任は私にある」と敗北を認め、尹氏に祝意も示して「当選者が分裂と対立を超え、統合と和合の時代を開くことを願う」と述べた。
尹、李両氏が「統合」を強調したのは、それほど社会の理念対立が深刻化しているからだ。選挙戦では互いのスキャンダルをめぐって中傷合戦となり、保革の溝は一層深まった。「国民統合」は次期大統領にとって最優先課題となる。
尹氏は政治経験不足から生じた危機に何度か直面してきた。陣営幹部が最大の危機と振り返るのが、30代の党代表、李俊錫(イ・ジュンソク)氏と対立し、今年初めに自身を支える党の選挙対策委員会が解散したときだ。
危機最中の1月6日朝、ソウルの地下鉄の駅には出勤客らに深々と頭を下げる尹氏の姿があった。李俊錫氏が「課題」として駅立ちの実施を要求していた。尹氏の側近は「課題を受け入れるとも尹氏は明言しなかったが、朝に車を急に駅に回すよう言い、頭を下げ始めた。必要と判断すれば、年下の言うことでも即興で行動に移す」と説明した。
その日の夜、代表辞任間際まで追い込まれていた李俊錫氏と劇的に和解。これを境に支持率が急回復する。大統領就任後は「国民の力」が少数与党となり難しい国政運営が予想されるが、その行動力で難局を乗り切れるかが注目される。