野球がぜんぶ教えてくれた 田尾安志

失敗を経験し、肥やしにする

2018年から2年間、DeNAでプレーした寺田光輝投手=2018年2月
2018年から2年間、DeNAでプレーした寺田光輝投手=2018年2月

先日、大変ユニークな元プロ野球選手に会い、話を聞かせてもらった。DeNAに2018年から2年間、投手として在籍した寺田光輝さん(30)。1軍での登板はなく、戦力外となって引退した後、大学の医学部に編入学。現在、医師国家試験の合格を目指して学業に励んでいる。

プロ野球では引退後に医師に転じた例は聞かない。米国では、僕の現役時代に広島や南海で活躍したゲイル・ホプキンスが整形外科医を志していることを公言し、引退して帰国後に実現させた。寺田君が日本人でその「第1号」となれば素晴らしいことだ。

興味深いのが、プロ入りまでの球歴だ。三重の県立高を卒業後、三重大に入学したが野球部で「レベルが高すぎる」と感じて休学。中退して浪人後に筑波大に入って野球を続けた。大学で目立った活躍はなかったが、プロ野球選手を夢見て独立リーグのBCリーグ・石川ミリオンスターズで2年間プレー。好成績を残したことで17年秋のドラフト会議で6位で指名され、DeNAのユニホームに袖を通した。

聞けば父親は内科の開業医で、親戚にも医者が多いという。正直言って、学生時代から実力はプロ野球のレベルから程遠かったと思うが、父親に「野球をやめて医者になれ」と言われたことは一度もなかったという。父子ともに、できそうで意外とできないことだ。

プロ野球選手になる夢をかなえ、次に医師を目指す彼の姿から学ぶことができるのは、失敗を経験することの大切さだ。誰でもうまくいかないことはある。そこで落ち込んでやる気をなくしてしまうのではなく、失敗を肥やしにできるか。それが人生を楽しいものにするか、つまらないものになるかを分けると思う。

DeNAでは1軍のマウンドに上がれずに引退したが、決して無駄な2年間ではなかったはずだ。過ごした時間が有意義だったと信じ、これから先に進めるかは自分次第。人生の先輩として、僕から彼にそんなエールを送った。

大学の課程を修了して国家試験に合格することが目標で、実現は早くて5年後。将来は地元の町医者をやりたいというが、整形外科なら、経験者としてスポーツ選手の助けとなる話ができるだろう。スポーツドクターの資格を取得し、試合会場で献身的に競技者を支える医師もいる。楽しみだし、応援していきたい。(野球評論家)

会員限定記事会員サービス詳細