北川信行の蹴球ノート

WEリーグを「国立」でする理由…目標2万人、INAC社長威信懸けた戦い

新加入の(左から)箕輪千慧、天野紗、井手ひなた、愛川陽菜と肩を組むINAC神戸の安本卓史社長(右から3人目)。隣は星川敬監督。国立競技場で試合を開催する=4日、神戸市(北川信行撮影)
新加入の(左から)箕輪千慧、天野紗、井手ひなた、愛川陽菜と肩を組むINAC神戸の安本卓史社長(右から3人目)。隣は星川敬監督。国立競技場で試合を開催する=4日、神戸市(北川信行撮影)

サッカー女子プロ、WEリーグが4日に発表したプレスリリースには「第21節I神戸VS浦和 5/14にWEリーグ初の国立開催が決定!」と記されていた。未定だったINAC神戸-三菱重工浦和の開催日が5月14日、会場が国立競技場(東京都新宿区)に決まったという内容。だが、込められた思いはとてつもなく大きい。ある意味、人気や認知度の向上に苦しむWEリーグ、日本の女子サッカー界の底力が試される試合とも言える。あえて過去に例がなく、無謀とも受け取られかねない「興行」をINAC神戸が行う決断を下した背景には、ピンチをチャンスに変えたいとの「逆転の発想」がある。

観客、従来のWEとはけた違いの2万人

「目標は観客2万人」-。4日に神戸レディースフットボールセンター(神戸市東灘区)で開かれたINAC神戸の「2022年新加入選手会見」後の囲み取材で、安本卓史社長は高らかに宣言した。

WEリーグのここまでの試合で最も多くの観客が来場したのは、11月13日に埼玉スタジアムで行われた三菱重工浦和-マイナビ仙台の4509人。INAC神戸はリーグ開幕試合で9月12日に本拠地のノエビアスタジアム神戸(神戸市兵庫区)で行われた大宮戦の4123人が最多(リーグ全体では2位)。いくらアクセスが良く、知名度の高い国立競技場が会場とはいえ、それらの試合の4倍以上で、新型コロナウイルス禍前のJ1の平均観客数(2019年シーズン=2万751人)とほぼ同じレベルの観客を呼ぶのは簡単ではない。

それでも安本社長は「昨夏に東京五輪・パラリンピックも開かれたスタジアム。そういう会場で試合ができるのは光栄」としつつ、「女子サッカーでもできるというのを示したい」と強い決意を口にした。

手段として安本社長が列挙したのは、ホーム試合で行っている男女の小中学生や女子の高校生、大学生らの無料招待を国立競技場でも実施することに加え、東京都内に事業所のあるスポンサー企業の協力を仰いだり、対戦相手の三菱重工浦和をはじめとした関東地方に拠点を置く他のWEリーグのチームに協力を求めたりすること。さらに、東京都内に試合告知のポスターを張るなどして周知を図り、プロモーションを展開。安本社長自らがガイド役を務める国立競技場のスタジアムツアーなどのアイデアも浮上している。

本拠芝悪く、セレッソやガンバにも打診

そもそも、INAC神戸が今季のホーム試合最終戦である三菱重工浦和戦を縁もゆかりもない国立競技場で実施することにしたのは、本拠地として使用しているノエビアスタジアム神戸の芝生の状態が関係している。もともとピッチの状態が思わしくなく、オフ(冬の中断期間)に芝生の改修作業に入っているが、今はまだ十分な養生が必要な段階。酷使には耐えられず、INAC神戸は5日のちふれ埼玉とのWEリーグ再開試合も、神戸ユニバー記念競技場(神戸市須磨区)で行わざるを得なかった。

ところが、同じく同スタジアムを本拠地にしているJ1のヴィッセル神戸がアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)に出場したことにより、5月14日の土曜日に予定されていたサガン鳥栖戦に加え、翌週水曜日の18日にも川崎フロンターレ戦が行われることになった。日程的には鳥栖戦の翌日で日曜日の15日にINAC神戸の三菱重工浦和戦を行うことは可能だが、2日続けて試合を行うとその後の芝生の生育に悪影響が出かねないため、会場変更を余儀なくされた。

安本社長はちふれ埼玉戦と同様に神戸ユニバー記念競技場に打診。しかし、陸上競技などの大会のハイシーズンで空いていなかった。さらに、まだしも地元といえる関西地方での試合開催を目指し、J1のセレッソ大阪(ヨドコウ桜スタジアムかヤンマースタジアム長居=ともに大阪市東住吉区)やガンバ大阪(パナソニックスタジアム吹田=大阪府吹田市)にも尋ねたが、結果的に関西で会場を確保できるメドは立たなかった。

窮地に立たされた安本社長だが、「それなら日本で一番いいスタジアムを借りよう」と逆転の発想で国立競技場に打診。クラブのスタッフから「やりましょうよ」といった前向きな声が出たことから話を本格的に進め、実現にこぎつけた。安本社長は「国立競技場からも全面的なバックアップをいただいた。ヴィッセル神戸が天皇杯全日本選手権の決勝で使ったことはあるが、関西のチームがホームの立場で試合をするのは初めて。なんとしても成功させたい」と強調する。

真のチャンピオンシップに

成否の鍵を握るのがWEリーグで現在、無敗の首位を快走するINAC神戸の成績。安本社長は「国立競技場での試合が行われる前にINAC神戸がリーグ優勝を決めることができれば、皇后杯全日本女子選手権を制した三菱重工浦和との試合は真のチャンピオンシップになる」ともくろむ。「WEリーグのカードとしては最高。興行としての価値も高まる」と青写真を描く。

一方で、「神戸でファンの人たちに試合を見せられないのは残念」と話す安本社長は、地元でのホーム試合を観戦する機会がなくなる神戸のファンやサポーターのための配慮も忘れない。新型コロナウイルス禍の感染状況次第だが、バスツアーなどを催行する可能性もある。また、昨年9月のリーグ開幕戦と同様に関西ローカルながら、地上波での試合の生中継ができないか模索している。

仮に今回のINAC神戸の試合開催が成功裏に終われば、国立競技場の活用方法に一石を投じることにもなるのではないか。個人的には、WEリーグ女王と皇后杯全日本選手権優勝チームが戦う「真のチャンピオンシップ」は毎年、国立競技場で開催してもいいのではないかと思う。


会員限定記事会員サービス詳細