「復興軌跡 後世に」 飯舘村前村長、記録本を出版

福島県飯舘村の前村長、菅野典雄さん
福島県飯舘村の前村長、菅野典雄さん

東京電力福島第1原発事故の被害で一時全村避難となった福島県飯舘村の前村長、菅野典雄さん(75)が、原発事故前の独自の村づくりや事故後の避難状況、復興の軌跡などを記録した本を相次いで出版している。原発事故の経験は新型コロナウイルス禍や激変する世界情勢にも通じるとし、「震災や原発事故から得たことを残したい」と話す。(大渡美咲、写真も)

平成23年3月11日、東日本大震災による津波で、「絶対に起きない」といわれていた原発事故が起きた。原発から40キロ以上離れていた飯舘村も全村避難となった。帰村後を考え、村民が村から近い場所へ避難できるよう周辺の自治体と交渉。住民が村内をパトロールする見守り隊や特例宿泊などを国に認めさせた。

想定外の連続の中でも「モノは考えよう」と発想を切り替え、「放射能は百人百様の考え方がある。危機のときこそ固定概念を捨て、柔軟性やバランス感覚が重要になる」と話す。

菅野さんは8年に酪農家から村長に転身。震災前は「丁寧に心を込めて」という意味の「までい」という方言から「までいライフ」を考案するなど、独自の村づくりを進めてきた。

震災から10年を前にした令和2年10月、6期24年の村長職を退任。「モノハカンガエヨウ~まさかの出会いは人生の財産(タカラ)~」を出版した。全村避難の葛藤や復興に向けた苦労、皇室の方々など多くの人との交流への感謝をつづった。

これまでに計11冊、うち9冊は原発事故以降に出版した。村長時代から村の広報誌や新聞に寄稿するなど旺盛に執筆活動を行ってきたが、原発事故以降は記録を残す重要性をより感じるようになったという。

現在は地域住民とともに地域の歴史や祭りなどの風習をまとめた冊子の編集に取り組んでいる。避難によって地域のコミュニティーがバラバラになってしまったからこそ記録にとどめておく必要があると考える。

原発事故から11年。コロナ禍や激変する世界情勢など「想定外」は続く。菅野さんは、原発事故以降、豊かさや効率を追い求める社会の価値観の変化を感じている。「普通の人ができない経験を積んだ。われわれの経験を後世に残していきたい」と話した。(大渡美咲)

会員限定記事会員サービス詳細