東京特派員

湯浅博 ウクライナ人、神官の祈り

5日、ウクライナ・キエフ郊外で、ロシア軍による空爆で破壊された橋の下を通って避難する人たち(AP)
5日、ウクライナ・キエフ郊外で、ロシア軍による空爆で破壊された橋の下を通って避難する人たち(AP)

3月のカレンダーをめくるころ、隅田川沿いの人々は、挨拶(あいさつ)代わりに季節の言葉を交わすそうだ。

「隅田川の水面もぬるくなったね」

戦後の浅草界隈(かいわい)を描いた西舘好子さんの著書『「かもじや」のよしこちゃん』の書き出しは、そんな会話で始まる。今はまだ寒風が頰(ほお)をなでるし、雪が舞うことがあるかもしれない。コートだって離せないのに、浅草っ子はもう「桜のつぼみも、ほれ、膨らんだようね」と気が早い。

まだ、梅が咲き出したばかりだから、春の足音は行きつ戻りつしながら近づいてくるだろう。

「10本ある境内の梅は、まだ1本しか咲いていませんね」

埼玉県児玉郡の上里菅原神社の宮司、梅林正樹さん(49)は、その名前の通りの梅談義をしてくれた。神社の由緒をたどると、九州・大宰府で没した菅原道真公の「御意」を陰陽博士(おんようはかせ)が延喜3(903)年、全国に広めるべく当地に立ち寄ったことに始まる。

大宰府といえば、年号「令和」のルーツにあたる。歌人の大伴旅人が大宰府の長官として赴任し、自邸で「梅花の宴」を開催した。この時に、参列者に披露されたのが、「初春の令月にして気淑(よ)く風和らぎ 梅は鏡前の粉を披(ひら)き 蘭は珮(はい)後(ご)の香を薫(かお)らす」で、ここから2文字を抜粋して元号とした。

埼北にあるゆかりの神社が、御朱印にウクライナの復権を願うメッセージを刻んで、いわば「平和の御意」を交流サイト(SNS)で発信した。ウクライナ出身の妻で、権禰宜(ごんねぎ)の梅林テチャナさん(39)が、英語とウクライナ語で御朱印を頒布する。

ロシア軍による侵略が始まった2月24日には、彼女が「ウクライナに栄光あれ」「ウクライナとともに」と筆書きの御朱印をかざし、ツイッターなどに投稿した。これが驚くばかりの反響を呼ぶ。神社にはこれまでの10倍近い人々が参拝に訪れるようになった。御朱印を書くテチャナさんに、「頑張って」「ウクライナに平和を」と声をかけてくれる。御朱印帖を手に列をつくる参拝者たちが、「独裁者のプーチンが悪い」「ウクライナから撤退しろ」と声を掛け合っている。

テチャナさんの故郷は、首都キエフから車で12時間ものザカルパッチャ州の山里にある。キエフ国立大学で日本語と英語を学んでいるときに、日本語の講師をしていた菅原神社の禰宜、正樹さんと出会った。平成21(2009)年10月、結婚を機に来日し、現在は権禰宜という神職のほかに日本人外交官にウクライナ語を非常勤で教えている。

テチャナさんはキリスト教会の威圧的な建物に比べて、素朴で開放的な神社が好き。教会は女性ならスカーフにロングスカートでなければならないし、神職になることはかなわない。日本の神道では、女性が神職になることができると知って、正樹さんに、「役に立ちたい」と相談した。

一念発起して国学院大学で2020年2月、神社本庁が行う「神職養成講習会」を受講し、神職の資格を獲得すると6月には権禰宜に任命された。

いま、正樹さんとテチャナさんは、ロシアのウクライナ侵略という暴挙に驚愕(きょうがく)し、怒り、悲しむ日々を過ごす。毎日の祈願にロシア軍のウクライナ撤退を織り込んだ。

家族はチェコで暮らしているが、親族がザカルパッチャ州にいる。毎日交信しているテレビ電話では、「もっと状況が悪くなったら戦いに行く」と意気軒高だ。テチャナさんは終わりの見えない戦争に「見るのがつらい。悲劇です」と沈痛な思いを吐露する。

現地はそろそろ雪解けが始まるに違いない。ロシア軍の戦車は、大地を覆う黒土が水分を含むと、キャタピラにまとわりついて自由に動けなくなる。ウクライナ軍は文字通り、泥沼化に勝機を見ている。

4月に入れば、上里菅原神社の境内の桜は、隅田川のそれより遅れて咲き出すだろう。そのころまでに、ウクライナの戦火が収まっていてほしいと願わずにはいられない。(ゆあさ ひろし)

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