賭博から村を救った男 住民が映画化

高岡村の若者たちが傘踊りに興じる映画の一場面(鳥取市立谷地区公民館提供)
高岡村の若者たちが傘踊りに興じる映画の一場面(鳥取市立谷地区公民館提供)

鳥取県の無形民俗文化財に指定されている伝統芸能「因幡の傘踊り」の創始者、山本徳次郎を主人公にした映画を、発祥の地の住民らが製作した。監督をはじめ出演者やスタッフ、脚本作りのほとんどを住民が担当。古里に誇りをもち活性化を図ろうと、構想から完成まで約4年間、映画づくりの素人集団が一致団結して取り組んだ。お披露目となる完成上映会が19日に開かれる。

主人公は「傘踊り」創始者

「映画作りの原点は、平成29、30年度に開催した地区の先人の功績を学ぶ会にさかのぼる。この関連で開催されたフォーラムの講師から『映画作りを通したまちづくりの手法がある。そんなに難しくない』と教えられた」

こう話すのは、映画「傘に愛をこめて 山本徳次郎」の監督を務めた山田準二さん(74)。山田さんは鳥取市国府町谷地区の活性化協議会長で、山本徳次郎自主映画制作実行委員長も務めた。

主人公の山本徳次郎(1879~1968年)は谷地区内に位置する旧高岡村に養子に入った。村の若者の間に賭博が流行していた明治29年ごろ、若者頭だった徳次郎は賭博に代わる健全な娯楽の創出に取り組む。江戸時代末に生まれた雨乞いのための冠笠踊りに着目し、冠笠を長柄の傘に代えて自らがたしなむ剣舞の型を取り入れ、苦労の末に振り付けを完成させた。

若者たちは、勇壮な傘踊りに熱中するようになり、傘踊りは地区の若者たちに受け継がれることになった。徳次郎は後世、この功績が認められ、鳥取市に合併前の旧国府町で名誉町民の称号を与えられている。

山田さんらは令和元年度、映画作りのノウハウを学ぶため、鳥取県内に拠点を置く映像製作グループを視察し、その上で、脚本が書けるか、主人公をだれにするかなどの討議を重ねた。徳次郎を主人公に据えたのは、傘踊りなら映像的に見栄えがし、ストーリーのヤマ場も作りやすいと考えたから。同年度末には、最終的に映画製作に乗り出すことを決定した。

クランクアップし記念写真に収まる出演者とスタッフ(鳥取市立谷地区公民館提供)
クランクアップし記念写真に収まる出演者とスタッフ(鳥取市立谷地区公民館提供)

コロナで撮影長期化

2年7月には、同協議会を母体に「制作実行委」を立ち上げ、制作、広報、資金の3部をつくって制作部でシナリオ作りに着手。主人公の人物像や映画で何を伝えるかなどについて意見を出し合い、その結果を脚本化する作業を繰り返した。映画のテーマを人間愛と郷土愛と定め、同年末には、シーン24まである粗シナリオが完成。それに磨きをかけて翌3年3月にはシーン65まで膨らませた完成脚本ができあがった。

「実は、主人公は鳥取大学の演劇サークル、メインのカメラも鳥取大の映像サークルの学生に依頼し、全体のプロデューサー役として映像製作や劇団の専門家に演技指導も含めてアドバイスをもらうことにした。でも、それ以外はすべて地域住民と志願してきた人たちの素人集団だった」(山田さん)

当初約30人だった実行委メンバーは、シナリオ完成時には約50人に膨れ上がっていた。山田さんは、このメンバーをシナリオに沿ってキャスティング(配役)し、出演と兼務で照明や音声などのスタッフ業務を割り振った。

メンバーに脚本を読み込んでもらい、3年8月にクランクイン。計画では9月までの週末を使い7日間で撮影を終える予定だったが、実際には11月まで計14日間かけてようやくクランクアップした。新型コロナウイルスの感染が急拡大し、一部の出演者が「密を避けるよう勤務先などから指示された」ためだった。

賭博場のシーンを撮影する出演者とスタッフ。みんな素人だ(鳥取市立谷地区公民館提供)
賭博場のシーンを撮影する出演者とスタッフ。みんな素人だ(鳥取市立谷地区公民館提供)

上映時間は倍増し約1時間に

製作費は市民からの協賛金(1口千円)と市の補助金で賄った。協賛金は300人以上から集まり、補助金160万円を含めて総額200万円以上となったという。出演者とスタッフは20代から80代まで幅広く、地元高岡の子供たちの出演場面も盛り込み、最終的には80人以上が映画製作にかかわることになった。

当初は30分程度の上映時間を想定していたが、最終的には1時間程度の「本格的な作品」に仕上がりそうで、上映に向けて編集作業は最終盤に入っている。

主人公を演じた鳥取大工学部3年の霜里昇汰さん(20)は「映画で地域活性化という手法はなかなか考えつかない面白い発想。撮影が進み出演者の心がひとつになっていくのを感じ、だんだん楽しくなっていった」と話した。

映画の撮影風景。明治時代の再現には苦労した(鳥取市立谷地区公民館提供)
映画の撮影風景。明治時代の再現には苦労した(鳥取市立谷地区公民館提供)

山田さんは「最初はやれるかどうかわからなかったが、製作を通して地域の活力を実感した。今後は、この活力を別の何らかの活動に生かしたい。面白くやりがいがあったが、衣装からロケ地選定まで時代劇は大変だった。現代が舞台だったら取り組みやすかったかも」と振り返った。

作品はDVD化され、協賛者らに配られる。(松田則章)

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