ザ・インタビュー

91歳になった「料理の鉄人」の今 道場六三郎さん新刊

「昔の人がやった料理をそのまま出すのでなく、自分が考えた料理をやりたい」と話す道場六三郎さん(飯田英男撮影)
「昔の人がやった料理をそのまま出すのでなく、自分が考えた料理をやりたい」と話す道場六三郎さん(飯田英男撮影)

一流料理人が対決するテレビ番組「料理の鉄人」(平成5~11年、フジテレビ系)の初代「和の鉄人」だったことを覚えている人も多いだろう。本書は、その鉄人が91歳になった今を伝える「生き方エッセー」だ。

「料理を作る上でも日々の暮らしにおいても、何より大切なのは『思いやり』。相手のことを思いやる気持ちがあればたいていのことはうまくいく。今は人と深く関わることがなかなか難しい時代ですが、ほんの少しの勇気を持てば世の中が変わるかもしれない。僕の経験や考えが、躊躇(ちゅうちょ)している一歩を踏み出すきっかけになれば、こんなにうれしいことはありません」

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石川県の山中温泉で、漆の仕事を営む親のもとに生まれる。6人兄弟の末っ子の三男で、家業は長男が継ぐため、尋常高等小学校を卒業後の17歳から近所の魚屋で働き始める。

レストランなどほとんどない時代。結婚式や法事などの冠婚葬祭も家でやるのが普通で、魚屋が仕出しもやり、魚を下ろして刺し身にするのはもちろん、仕出し料理も作っていた。本格的に料理の道に進もうと19歳で上京。銀座の割烹(かっぽう)や神戸のホテルなどで修業を積み、東京・赤坂の料亭で腕を振るった後、40歳で和食懐石の店「銀座ろくさん亭」を開業。半世紀がたつ今も、週に何度か調理場に立つ。

「昔に比べ握力が弱くなった。魚の頭を割ったり刺し身の皮をひいたりがなかなかできなくなって、やっぱり年だなあと思う。だけど、新しい料理を考える発想力は衰えない。むしろ若いころには思いもしなかったような斬新なアイデアが次から次へと出てくる。不思議だね」

料理をするときは、常に3手先まで考えて動く。調理場では食材をゆでる水の量にも気を配る。多すぎると水だけでなくガスも余計に使い時間もかかるし、何より味がぼけてしまうためだ。調理台やコンロの周り、床の汚れが気になったらすぐに拭く。こうした身のこなしは、子供のころの親からの教えと、修業時代に師匠に厳しくしつけられたことで身に付いた。

「きれいに早く」がモットー。和食の料理人の中には昔ながらのやり方にこだわる人もいるが、フードプロセッサーやピーラー、圧力鍋など便利な物はどんどん使う。便利な物を使うことで仕事が早くこなせれば1人で2人分の仕事ができ、飲食店で大きなコストを占める人件費が抑えられるメリットもある。料理人としてだけでなく、常に経営者の視点を忘れず、世の中のさまざまな事象に関心を持ち続けている。

新型コロナウイルスの感染拡大で発令された緊急事態宣言では、営業時間短縮や酒類提供の自粛を余儀なくされた。年間数千万円の赤字となったが、これまでの蓄えがあることでなんとか持ちこたえている。

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「酒がないレストランなんてだれも来やしない。だからずいぶん苦労しました。でも僕はあまりくよくよ考えないの。冬が過ぎれば必ず春が来るから。それにコロナといっても食べる物はある。僕は食べる物がない時代に生きていたからね。戦時中、母親と買い出しによく行ったけど、お米が買えないから代わりにサツマイモとか大根とかでしのいだ。そういう経験があるから、今のコロナはそんなにこたえない。まだご飯が食べられるじゃないかとみんなに言っている。食べる物があるのはありがたいことだよ」

90歳目前でユーチューブチャンネル「鉄人の台所」を開設。家庭で簡単に作れる料理の紹介が好評で、登録者数は10万を突破。「ユーチューブを見た」と店に来る人も増えた。

「料理の撮影があると生活にメリハリが出るし、何より楽しい。人生何があるか分からないけど、これからも頂上を目指して、一歩一歩、また一歩の気持ちで進んでいければ」

3つのQ

Q最近の料理の発見は?

ナスを圧力鍋でゆでること。少しの水で早くでき、色がきれいでナスの皮がすごく軟らかくなる。「ふりかけ醤油」や「マヨおろし」も最近の発見

Q今年のテーマは?

「感動の一皿 悦びのひと時」。数年前のテーマ「怒りたくなっても許す心が大事」も引き続き心掛けたい

Qゴルフが趣味とか?

週に2~3回。80歳過ぎてからエージシュート(自身の年齢以下の打数でホールアウトすること)を8回やった。もう1回やりたいね

みちば・ろくさぶろう 昭和6年、石川県生まれ。和食料理人。従来の日本料理の枠にとらわれず、フカヒレやキャビアなどの食材をいち早く使用するなど現在の料理ブームを牽引(けんいん)し、テレビ番組「料理の鉄人」では斬新な発想で視聴者の人気を博した。平成17年に「卓越した技能者(現代の名工)」に選ばれ、19年に旭日小綬章受章。

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