この本と出会った

『腐敗性物質』 モダン感覚の詩にため息 作家・沼田真佑

田村隆一という詩人との出会いは、よくおぼえている。大学2年時の10月、場所は在籍していた学校の図書館だった。もっとも、かねてその存在は、あるノンフィクション作品を通じて、知ってはいた。対談を基調としたその本のなかで、詩人は快活に、気さくに、しかしどこかに深手を負っている人でもあるかのような、ふしぎと寂しげな声で語らっていた。初めて来たのに、どうもなつかしい、そういう景色に、旅先でぶつかることがあるけれど、そんな郷愁に似たものを私は詩人に感じて、ひそかにあこがれていた。

書架から引き抜いたのは『詩集1946~1976 田村隆一』という、太平洋戦争では学徒動員で兵役に就き、戦後にその本格的な文学活動を開始した詩人の最初期の5つの詩集が収められた、76年の時点での全詩集だった。40歳を過ぎたいまでもそうなのだが、これだ、と感じたものを前にすると、私は座っていられなくなる。このときもそうで、ほかに利用者もない現代詩の棚の近くの、わけても暗い隅の机に席をとっていた私は開巻、椅子を立ち、立ったまま初めの数十ページを読んだのだったと思う。

そこに収録されていた作品についての感想は、とてもひと口にはいえない。それに詩というものには、音楽やスポーツなどのライブイベントに通じる要素があるとも思っている。チケットの手配にはじまり、終演後の同伴者との語らいをも加味しての、全体でひとつの体験になるようなところがあるから、私が個人的に好きな詩なり詩句なりをご紹介するのも、何かちがう気がする。ただ、その初発からかぞえ、30年にわたる詩業をまとめた全ページを通して、違和感のある言葉の使用の、それこそ皆無だったことに、当時詩を書いていた私は圧倒され、当分何も手につかなくなったことを、代わりにというのではないけれど、告白しておきたい。

作家、沼田真佑さん
作家、沼田真佑さん

以来、大学を卒業するまでの約3年半(留年したので…)というもの、おりあらば図書館へ行き、エッセイや紀行文、訳書をふくめ、詩人の本を読みふけったが、ひとたび社会に出てしまうと、キャンパスというのはどことなく出入りがはばかられる場所になってくる。それで社会人1年目の、これも10月のことだったと記憶しているが、詩人の著作を手に入れようと、書店を訪ねた。購入したのは『腐敗性物質』という詩人の自選詩集の文庫判で、あれから20年が過ぎたいまも実家の書棚に確固たる居場所を持っている。帰省のたびに手に取っては、その颯爽(さっそう)とした、モダンな感覚につらぬかれた詩篇に目を洗い、ため息をついている。

詩人の第2詩集に『言葉のない世界』という、隠れもない名作があって、20代の終わり頃に、私は苦心してこれを入手した。その新装版が「港の人」という出版社から刊行されていることを最近知った。昭森社版のオリジナルと並べて置いたらさぞいいだろうなと、目下そのことにばかり気を取られている。(田村隆一著/講談社文芸文庫・1540円)

【プロフィル】沼田真佑(ぬまた・しんすけ)

昭和53年、北海道小樽市生まれ。西南学院大商学部卒。平成29年、文学界新人賞を受けたデビュー小説「影裏(えいり)」で第157回芥川賞を受賞。同作は綾野剛さん、松田龍平さん主演で映画化された。

『腐敗性物質』は戦後詩の旗手として活躍した田村隆一(1923~98年)の自選詩集。第1詩集『四千の日と夜』などを収録。文庫は平成9年に刊行された。

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