書評

『寄生生物の果てしなき進化』 感染症史ひもとく表現力

著者は、ネズミキツネザルを通して生命を見つめるフィンランド気鋭の生態学・進化生物学者。本書はもともと著者の人気ブログを元に人間と感染症の歴史をひもとく本として2018年に出版されたが、新型コロナウイルス感染症の蔓延(まんえん)を受け、新たに1章書き加えられ20年に再出版したものの日本語版だ。

新型コロナに関してはおびただしい書物や論調が展開されているが、感染症の話ということで医師によるものが多い。私は医師ではなく、生態学・進化生物学者の著者の目、そしてその母国がヨーロッパの中では珍しい、ウラル語族のフィンランドだということに興味を抱き、どういう切り口で書いているかを知りたくなってページを開いた。新型コロナに関する記述はパンデミックが起きて1年にも満たないころのものだが、人類と感染症の歴史から俯瞰(ふかん)した内容で、今読んでも納得のいくものだ。

著者は第1章で「1人の人間は数十もの寄生虫を体内に宿し、100種以上の体外パラサイトや、数百万または数億のバクテリアやウイルスと共生している」と書いている。私は自分の体を何か他の物体を触るかのような気持ちで触った。私は1つではない。ものすごい数の生命とともに共生しているのだ。

また、私たちと共生する微生物たちを「連れ合い」と呼び、この連れ合いと一緒に私たちは発達を遂げてきたという。たえず栄養を取る私たちは、この連れ合いたちにとって「食べ放題のビュッフェ」のような存在らしい。もの書きの端くれにいる私は、このような表現力に素直に感心した。これにより、専門分野が普遍的なものに昇華され、専門以外の人には分かりにくい事柄がすっと頭に入ってくる。この言い回しの妙によって、例えば森林開発のあり方や農業の進歩がもたらした功罪、気候変動の影響など、現代社会におけるさまざまな問題を自分自身に引き寄せて考えさせることに成功している。

「感染症は医学だけの問題ではない。(中略)私たち人間の文化の観点も持ち込めばいいのである」と著者はいう。そう、感染症は文化であり、私たち一人一人が選択した生き方につながっているのである。(トゥオマス・アイヴェロ著、セルボ貴子訳/草思社・2420円)

評・神津カンナ(作家)

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