書評

『おんなの女房』 武家娘の居場所探し小説

歌舞伎を題材にしたデビュー作『化け物心中』で、時代小説通からも、ミステリー通からも高い評価を得た作者のデビュー第2作である。

主人公は武家の娘・志乃。彼女が嫁いだのは、江戸三座の一つ、森田座で売り出し中の女形・喜多村燕弥(えんや)だった。武家のしきたりしか知らなかった志乃にとって、歌舞伎の世界はまるで異世界だ。

それに加えて、夫である燕弥は、志乃の目から見ても、女より美しい〝おんな〟。舞台の上はもちろんのこと、日頃から、演じる役柄になりきってふるまう燕弥に、志乃はとまどうばかり。紅ひとつ贖(あがな)うにしても、その紅の細かい質にまでこだわる燕弥からダメ出しを食らってしまう。

燕弥の言葉を手元に書きつけながら、志乃は燕弥の立居振る舞いに思う。「今日は随分漬け込まれている日だ」と。女形という仕事に、身も心も捧(ささ)げている夫は、志乃にとってどこか得体の知れない存在だ。それでも、役への同調の深さを、漬かり具合という言葉にするところに、志乃という女性の心の柔らかさと賢さが表れている。

けれど、志乃のその賢さは、悩みにもつながる。自分はなんのためにこの家にいるのか。自分の価値は一体どこにあるのか、と。いくら悩んでも答えの出ない日々を過ごしながらも、志乃は少しずつ燕弥との距離のとりかたを覚えていく。それは、とりもなおさず、「武家の娘」から「役者の女房」へと変わっていくことでもあった。

そう、本書は志乃という一人の女が、自らの居場所を探す物語なのだ。舞台は江戸だが、志乃の苦悩は、現代の女性にも通じるものがある。なかでも、武家であることを鼻にかけ、体面だけを重んじ、所詮は女と、志乃を道具のように考えている父親を、志乃が見切る場面。これが実に痛快だ。志乃が父親と決別できたのは、燕弥の女房として悩んできた日々があったからこそで、そこがいい。

志乃と同じく、女形の女房であり、志乃を変えていく助けとなるお富、お才という脇役も絶妙だ。物語のエピローグとなる「幕引き」も、見事。軽やかでありながら、実に緻密な一冊である。(蝉谷めぐ実著/角川書店・1815円)

評・吉田伸子(書評家)

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