近ごろ都に流行るもの

「美と実用のガラスペン」 明治発祥の文具「インク沼」で再発見

手作りのガラスペン、インク、関連書籍を扱う「有隣堂」アトレ恵比寿店=東京都渋谷区(重松明子撮影)
手作りのガラスペン、インク、関連書籍を扱う「有隣堂」アトレ恵比寿店=東京都渋谷区(重松明子撮影)

ペン先の溝に吸い上げられるインクの不思議。見た目の華やかさゆえ「鑑賞用」のイメージも強かったガラスペンの人気が、「実用」で盛り上がっている。万年筆インクにハマる「インク沼」ブームにより、万年筆よりもインク替えが簡単なガラスペンに日が当たり、造形美と書き味に魅了される人が増えている。明治時代の日本で発祥し、欧州へ広がった筆記具のディスカバー・ジャパン。ガラスペンのなぞり書き本も登場し、楽しみ方が広がっている。

店頭で試し書きを

赤い色ガラスの輝き、輪郭が見えないほど透明な軸…。国内4工房20本ほどの手作りガラスペンが並ぶ書籍・文具の「有隣堂」アトレ恵比寿店(東京都渋谷区)。1万円前後が中心で、見た目も握り心地も1本1本違う。「試し書きをして、自分の手になじむ1本と出合ってください」と、文具売り場の責任者、寺澤篤子さん(52)。

どれどれと、紙にペンを走らせる客との間にさまざまな会話が生まれる。「海外赴任先に、日本を感じるペンを連れてゆきたい」「コロナで会えない友人と文通を始めた」…。購入者はやや女性が多く20~50代と幅広い。「かわいい実用の工芸品。人気の品は数カ月待ちの品薄が続く一方、新たに参入するガラス工芸作家が目立ってきました」と寺澤さん。3千~4千円代の欧州ブランドもそろえて間口を広げている。

発端は約5年前。黒や紺だけでない多彩色の万年筆インクが話題になり、文具好きな人が〝溺れる〟インク沼ブームが起きた。万年筆では詰まりやすいラメ入りインクも楽に使え、サッと水洗いだけで次のインクに移れるガラスペンが売れだす。そして令和2年7月、有隣堂が自社のユーチューブで「物理の力で書く! ガラスペンの世界」と題した番組を配信。インクを吸い上げる毛細管現象など細部の魅力を伝え、75万回以上も視聴される人気の火付け役となった。

毛細管現象でインクを吸い上げる、ペン先の形状もさまざま(重松明子撮影)
毛細管現象でインクを吸い上げる、ペン先の形状もさまざま(重松明子撮影)

出演者の同社商材開発課・文房具バイヤー、岡﨑弘子さん(55)は、自身も10本近くを所有する愛好者。「形状や書き味の個性を知ると集めたくなります。32年前の入社時、ガラスペンといえば舶来の書斎インテリア的な商材であまり売れていませんでしたが、筆記具としての魅力が再発見されてうれしい」

有隣堂では4月頃、横浜市内の旗艦店でガラスペンフェアを計画している。

帯には「『書く』を愉(たの)しむ本」。昨年末に発売された「ツキアカリ商店街」は業界初、ガラスペンのなぞり書き本だ。マニアックながら2カ月で3刷1万6千部と支持を広げる。

「月の綺麗(きれい)な晩に…」。好みのインクを含ませたペンで文字や絵をなぞれば詩的な世界に誘われ、自分の「色」で本が完成する。

発行元、つちや書店(文京区)。2人の女性編集者のガラスペン愛から構想が生まれ、活版印刷による物語性の強い紙雑貨で人気の「九ポ堂」に企画を持ち込み実現した。

「7種類の用紙で、書く音や感触の違いも体感できるように工夫した。好きなペンを愛でる=使う時間は癒しにもなり、1人で複数冊購入される方もいる。好評を受け、シリーズ化を考えています」と編集部。

外務省が海外に設置する日本の情報発信拠点、ジャパン・ハウスにもガラスペンが置かれる。日本を代表する製造元、佐瀬工業所(台東区)に歴史を問い合わせた。

ガラスペンは日露戦争開戦2年前の明治35(1902)年、東京の風鈴職人、佐々木定次郎が開発。その10年後、彼に師事した佐瀬米蔵・えん夫妻が独立開業した同社が現在唯一、元祖の技を受け継いでいるという。ヒットに際し、「当社独自のひねり模様の模倣品や書けないペンも存在する。試し書きするなど、購入には注意が必要です」。

第2次世界大戦後のボールペンの普及で、事務仕事から姿を消したガラスペン。それが令和になり、手書き文字の趣味化で復活した。変遷をなぞれば、きらめく日本のお宝であった。(重松明子)

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