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学習院大教授・中条省平 『我が友、スミス』異世界に引きこまれる面白さ

石田夏穂著『我が友、スミス』(集英社)
石田夏穂著『我が友、スミス』(集英社)

『我が友、スミス』石田夏穂著(集英社・1540円)

139ページで、長編というには小ぶりな感じだが、本年屈指の傑作といってよい。

ごく普通の女性会社員がボディ・ビルにハマり、大会にまで出場する一部始終を描いた物語で、単純な構成だが、どこにも無駄がない。

いや、全編がボディ・ビルをめぐる無駄なウンチクといってもいいくらいなのだが、情報小説として抜群におもしろく、ちょっと奇妙だが確実に存在する異世界に引きこまれてしまう。ところが、作者本人はボディ・ビルをやったことがないというのだから驚きだ。

主人公の女性の一人称で書かれているが、自意識の屈折を嫌みなく書けるのは、ユーモア感覚がさえているからだ。しかも、時折くり出される比喩がみごとで、思わず笑ってしまう。主題は身体だが、ユーモアも身体化されている。これは意図的にやろうと思ってできることではない。天性のユーモリストなのである。

ヒロイン、U野がボディ・ビルに精出すのは、「別の生き物になりたい」からだ。あまりにストレートな説明だが、この主題を、彼女の身体のできごととして具体的に活写できるところがこの作品の文学的力量なのである。

女性のボディ・ビル大会出場には、でかいピアスと、長い髪と、12センチのハイヒールと、ギンギンのビキニが必要だ。全身脱毛と日サロ(日焼けサロン)焼けはもちろんである。その努力をU野の同僚男性は「女性は大変ですね」と評した。

かくもジェンダーの壁は厚い。こうして本作は日本の小説においてジェンダー問題の最前線に到達することになる。その批評的なまなざしの鋭く、寛容なこと。クライマックスの大会でU野が下す決断に、私は大いに感動した。

個々の登場人物たちが魅力的なことも付言しておきたい。


『怪異猟奇ミステリー全史』風間賢二著(新潮選書・1650円)

風間賢二著『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮選書)
風間賢二著『怪異猟奇ミステリー全史』(新潮選書)

ミステリーにおける怪奇幻想の源泉と多様な流れをたどった好著。ゴシック・ロマンスに始まりホームズものに至る欧米編と、黒岩涙香から江戸川乱歩を経て新本格までを扱う日本編の2本立て。まるで香具師(やし)のような名調子で、次から次へと博引旁証、知識の饗宴(きょうえん)に圧倒される。悪趣味なものを陳列する知的博物館でもある。

学習院大の中条省平教授
学習院大の中条省平教授

<ちゅうじょう・しょうへい>昭和29年、神奈川県生まれ。パリ大学博士。著書に『反=近代文学史』『恋愛書簡術』、翻訳にジッド『狭き門』など多数。

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