海底のレクイエム

トラック諸島の艦上攻撃機「天山」

艦上攻撃機「天山」

真珠湾攻撃などで活躍した九七式艦上攻撃機の後継として、中島飛行機が開発した艦上攻撃機。1943(昭和18)年より実戦配備された。航空魚雷を搭載しての艦船の攻撃を任務とし、1944(昭和19)年のマリアナ沖海戦ならびにレイテ沖海戦では空母機動部隊の新鋭機として運用されたが、その能力を発揮することはなかった。

正面より撮影した「天山」。前型の九七式艦上攻撃機をしのぐ強力なエンジンを搭載し、高性能を目指していた(戸村裕行撮影、2012年12月)
正面より撮影した「天山」。前型の九七式艦上攻撃機をしのぐ強力なエンジンを搭載し、高性能を目指していた(戸村裕行撮影、2012年12月)

ミクロネシア連邦チューク州。かつての大戦の知識がある方であればトラック諸島という方がピンと来るかもしれない。

そのチュークの国際空港があるウエノ島(日本名・春島)を拠点とするダイビングサービスの桟橋よりボートで約25~30分、エデン島(日本名・竹島)の北東約300~400メートル、水深36メートルの地点にこの「天山」は眠っている。この場所は島のマングローブ域に近い場所にあるために波あたりが少なく水底は泥質で透明度は常に悪い状態だそう。

しかしこの日は案内をしてくれたガイドさん曰く、「今までに何度も来ているが、その中でも透明度が良い」と言う日に撮影することが出来た。どのような形でこの場所に沈んだのかは不明だが、機体は写真を見て頂くとわかるように損傷が少なく原型を留めている。

チュークには数々の航空機が眠っているが、その中で一番美しい状態で見る事ができるのがこの「天山」であろう。

後方より撮影した「天山」。墜落した時期などは不明であるが機体の激しい損傷は見られず、海上に不時着後に沈んだものと推測される(戸村裕行撮影)
後方より撮影した「天山」。墜落した時期などは不明であるが機体の激しい損傷は見られず、海上に不時着後に沈んだものと推測される(戸村裕行撮影)


「天山」の胴体後部に搭載されていた機銃とドラム式の弾倉。かつて訪れたダイバーが取り外しておいたものであろう。形式から92式7.7ミリ旋回機銃と思われ、主に背後より襲いかかる敵戦闘機を防ぐために使用された(戸村裕行撮影)
「天山」の胴体後部に搭載されていた機銃とドラム式の弾倉。かつて訪れたダイバーが取り外しておいたものであろう。形式から92式7.7ミリ旋回機銃と思われ、主に背後より襲いかかる敵戦闘機を防ぐために使用された(戸村裕行撮影)


「天山」の全体を撮影。水中の透明度は悪いがスマートな機体が確認できる。操縦席内部もほぼ残された状態である。同機は米国の博物館が所蔵(現在非公開)の他は完全な状態で保存されている機体が少ないとされている(戸村裕行撮影)
「天山」の全体を撮影。水中の透明度は悪いがスマートな機体が確認できる。操縦席内部もほぼ残された状態である。同機は米国の博物館が所蔵(現在非公開)の他は完全な状態で保存されている機体が少ないとされている(戸村裕行撮影)

(取材協力 ダイビングサービス「トレジャーズ」)

水中写真家・戸村裕行

1982年、埼玉県生まれ。海底に眠る過去の大戦に起因する艦船や航空機などの撮影をライフワークとし、ミリタリー総合誌月刊『丸』にて連載を担当。それらを題材にした写真展「群青の追憶」を靖國神社遊就館を筆頭に日本各地で開催。主な著書に『蒼海の碑銘』。講演、執筆多数。


雑誌「丸」
昭和23年創刊、平成30年に70周年迎えた日本の代表的軍事雑誌。旧陸海軍の軍 艦、軍用機から各国の最新軍事情報、自衛隊、各種兵器のメカニズムなど幅広 い話題を扱う。発行元の潮書房光人新社は29年から産経新聞グループとなった 。毎月25日発売。

●月刊「丸」のホームページ

太平洋に眠る旧海軍の大型飛行艇

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