チューリップ、心の旅路50年 財津和夫「これが最後のツアー」

「ライブの高揚感は格別」と語る財津和夫=東京都目黒区(寺河内美奈撮影)
「ライブの高揚感は格別」と語る財津和夫=東京都目黒区(寺河内美奈撮影)

「心の旅」や「サボテンの花」などのヒット曲で愛され、日本の軽音楽史に深いわだちを残すバンド、チューリップ。4月から、デビュー50周年を記念するコンサートで全国を縦断する。「これが最後のツアーになる」。リーダーの財津和夫(74)が、半世紀の〝心の旅路〟を振り返る。

「食べるため」

「50年もたったなんて不思議です。年を取ったんだなあ。バンドには忌まわしい思い出もありますが、50周年という数字は、そういったものさえ払拭してくれる。うれしいですね」

めがねの奥で目を細める。

チューリップは、この財津を中心に5人で結成。昭和47年、「魔法の黄色い靴」でデビューした。松任谷由実(68)やアリス、同郷の海援隊が〝同期〟。同じく同郷のアンドレ・カンドレが井上陽水(73)と改名して再デビューした年でもあった。

「福岡から無一文で東京に出てきたんで、結構、厳しかったんだよね、生きていくってことが。当時、音楽を作る最大のモチベーションは食べるため、でした」

翌年、3枚目のシングル「心の旅」が大ヒットして人気を確実なものにした。その後も「青春の影」「サボテンの花」「虹とスニーカーの頃」とみずみずしい名曲を発表。テレビドラマやCMでも使われ、時代を超えて長く聴かれている。

解散は必然

「鋭い刃のようなメンバーが集まり、わずか3年で瓦解(がかい)するような天才的なバンドじゃなかったことは残念。かっこよくないな。〝ロック魂〟を感じながら花火のように散るはずが、こんな〝じじいバンド〟になった」

へへへと笑うが、福岡の他のバンドにいた腕利きを財津が片っ端から引き抜いたのがチューリップだとも言われる。

そんなメンバーたちが財津を残して去り、チューリップは平成元年に解散に追い込まれた。

「解散は必然。男は家庭を持つと家庭が一番になるし、長くやっているとバンドよりも自分の音楽を求めるようになるもの」

家と家族

だが、8年後の9年、安部俊幸(ギター)、姫野達也(ギターとキーボード)、上田雅利(ドラム)という3人のオリジナルメンバーに宮城伸一郎(ベース)を加えた顔ぶれでチューリップは再始動する。

「解散したのに、また集まったのも情けないけど、僕らはチューリップっていう『家』の『家族』なんだと思う。家族ほど厄介な存在もないのですが」

以後、チューリップはデビューの周年ごとにコンサートツアーを続けてきた。

「チューリップは、プロ野球になれなかった。高校野球のような存在。カリスマ性もアイドル性もないけれど、代わりに親しみやすさはある。僕らのコンサートは、ファンの同窓会のようなもの」

東京皮切り16公演

安部が26年、脳出血のため64歳の若さで死去。財津は45周年記念ツアー中の29年、大腸がんが見つかり、半年闘病しツアーに復帰した。50年という時間の重さだ。

「おかげさまで最近は、更年期も終わったからか妙な元気がある」

50周年の記念のコンサートツアーは、4月23日の府中の森芸術劇場(東京)を皮切りに、8月までに大阪、名古屋、福岡などで16公演を予定する。休憩を挟むが、2時間半以上のステージになりそうだという。

「体力のことを考えると、やはり、これがチューリップの最後のツアーになると思っています」

ファンに親しまれたおなじみの歌のオンパレードにする。50年間の集大成だ。

「僕らは、もう技術的に向上するはずもないのですが、コンサートの本質って音楽じゃないんですよ。不思議な何かが、客席とステージとを行ったり来たりするんです。あれは、もしかしたら魂なのかな? 皆さん、お互いにコンサートを楽しみましょう。音楽は、さておき」(石井健)

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