ルガンスク出身の女性「母国の家族が心配」 電話口で爆発音も

最後に帰国した2012年に姉のリュドミラさん(右)とアラさん(中央)と記念撮影するオレナ・クリボルカさん(クリボルカさん提供)
最後に帰国した2012年に姉のリュドミラさん(右)とアラさん(中央)と記念撮影するオレナ・クリボルカさん(クリボルカさん提供)

ロシアのウクライナ侵攻は2日で7日目となった。両国による停戦交渉の動きはあるものの、各地で交戦は続き、民間人の犠牲者も出ている。平成18(2006)年にウクライナから北海道旭川市に移住したサックス奏者のオレナ・クリボルカさん(42)は、母国に母親と姉2人がいる。「ロシアは何をしてくるか分からない。家族の安全がただただ心配です」。先行きが見通せない今、祈るような毎日を過ごしている。

オレナ・クリボルカさんの母、ライサさん(同)
オレナ・クリボルカさんの母、ライサさん(同)

一部地域を親露派武装勢力が実効支配する東部ルガンスク州出身。政府軍と親露派の衝突が始まった2014年も、実家は戦乱の渦中にあった。「電気やガス、水道は止まり、家族は数日間、地下での避難を余儀なくされた」。実家の5メートル先に爆弾が落ちたこともあり、母親のライサさん(85)はその後、キエフ近郊に逃れたという。

それから8年、現地時間の今年2月24日未明、ロシアがウクライナに侵攻、母国はさらなる混乱の中にある。

「ロシア軍の攻撃開始から何時間も連絡がなかったので、『何かあったのでは』とすごく心配だった」とクリボルカさん。日本時間の25日午前0時ごろ、ようやく2番目の姉のアラさん(52)と電話で連絡が取れた。安堵(あんど)したのもつかの間、今度は電話口から爆発音が響いた。「いつ巻き込まれてもおかしくない場所にいる」(クリボルカさん)。一時、母と離れて暮らしていたアラさんは侵攻後、キエフ近郊の一軒家で母とともに暮らしているが、上の姉のリュドミラさん(56)はルガンスク州に残っているという。

電話もつながりにくくなった今、会員制交流サイト(SNS)の家族のグループチャットが頼りだ。

《夜間に2回空襲警報があった。10分前にも地下室に警報が鳴ったけど、今は静かです》。安否や状況確認のメッセージに対し、家族から返信があると、クリボルカさんはほっと胸をなでおろす。侵攻前は何げないやりとりで盛り上がったチャットも、心身の疲労からか、最近は短文や絵文字での返事がほとんどだ。現地の様子や家族が置かれている状況は、ほとんど把握できず、もどかしさを痛感している。

危険と隣り合わせにいる家族に対しても、クリボルカさんは冗談を交えたメッセージで励ますとともに、「気を付けて」と呼び掛けるしかない。食事も喉を通らない日が続き、ここ数日で2・5キロも体重が落ちたという。

事態の収束には、日本を含む国際社会の連携が欠かせないとクリボルカさんは強調する。「厳しい経済制裁などで世界がロシアを許していないと示さなければ、戦争は終わらない」。今は家族の無事と母国の平和を願うだけだ。(桑村大)

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