復興の今と未来

(上)生産者の自信遮る輸入規制

「安全・安心は当たり前、世界一うまい自信もある」と話す阿部幸弘さん=福島市(芹沢伸生撮影)
「安全・安心は当たり前、世界一うまい自信もある」と話す阿部幸弘さん=福島市(芹沢伸生撮影)

「あれから11年。既に安全・安心は当たり前だと考えている。それに加え『世界一うまい』といわれる自信もある」。福島市でリンゴとモモを生産する阿部幸弘さん(66)は胸を張る。だが、東京電力福島第1原発事故による放射性物質の汚染を懸念、世界中に広がった福島県産食品(農林水産物を含む)の輸入規制は、現在も14の国と地域で続いている。

原発事故前の平成22年度における、県産農産物の輸出量は152トン。これが震災翌年の24年度は、2・4トンに落ち込んだ。その後は、生産者などの地道な努力で徐々に回復し、令和3年度は昨年12月末時点で332トンに達した。これまでに県産食品の輸入規制を解除した国と地域は41。昨年9月には米国が撤廃した。

今年2月には、台湾が福島など5県産食品の輸入禁止措置解除を表明。県農産物流通課の伊藤裕幸主幹は「日本に近いと原発事故の記憶が強い。それだけに、台湾の判断は大きな一歩」とみる。原発事故前、県産食品の主な輸出先だった香港と台湾で規制が続いたため、県は規制撤廃が早かった東南アジアでの販路拡大に力を入れていた。

ただ、台湾は放射性物質検査報告書と産地証明書の添付を求めており、完全撤廃には至っていない。「条件付きで震災前と同じような量を輸出できるようになるのかが気がかり」(県県産品振興戦略課の加藤泰広課長)との見方もあるが、内堀雅雄知事は台湾の判断を「復興前進の大きな力」と前向きにとらえ、今後は「科学的根拠に基づく正確な情報や、県産農林水産物の魅力発信を強化する」考えだ。

「原発事故直後は全てを失い、自分の命も生涯も終わった感じだった」という阿部さんは「江戸時代から300年続く土地で、祖父がリンゴ栽培を始めて100年。震災と原発事故では最初に『先祖に申し訳ない』と思った」と、当時を振り返る。その上で「何とか再び前を向いて安全・安心に関することを徹底してやってきた」と、海外との取引が原発事故前のように戻る日を待ちわびる。

阿部さんは「台湾は昔から日本の果物の評判が良かった。もう一度、福島の果物を味わってもらえば分かってもらえる」と力説し、こう続けた。「生産者がやるべきことはやる。後は政治家が自分の責務として、輸入規制解除を実現してもらいたい」

(芹沢伸生)

11日で東日本大震災から11年となる。復興が着実に進む一方、新しいまちづくりに向けた課題もある。復興の現状と、今後をさぐった。

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