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「新しい資本主義」真の姿 学習院大教授 伊藤元重

学習院大教授 伊藤元重氏
学習院大教授 伊藤元重氏

資本主義経済において、所得分配にどう対応するのかは重要な問題だ。資本主義経済はウィナー・テーク・オール(勝者総取り)の性格を強く持っていて、特に近年のデジタル・イノベーションやグローバル化の流れはそうした傾向を強くしている。ただ、勝者総取りをそのまま認めるわけにはいかない。格差の拡大、貧困問題の深刻化、中間所得層の弱体化などは、そもそも不公正だし、民主主義は一人一票の社会である。選挙だけでなく、不公正には多くの人が声をあげる。社会の安定のためにも、資本主義が持つ勝者総取りを是正するメカニズムが必要となる。

18世紀の産業革命で英国経済は急速な成長を実現したが、19世紀に入るまでの約50年間、ブルーカラーの実質賃金は下がり続け、この時期の英国では多くの暴動や騒動が起きた。そうした事態に対応するため、さまざまな形で所得分配の適正化の努力が続けられた。高い累進性をもつ課税によって富裕層から貧困層への所得再分配を行い、教育や医療の公的支援や、失業保険など労働者を守る制度を強化した。このようなさまざまな形での所得再分配の政策や制度は、資本主義のアクセルを思い切り踏み込むための安全弁の役割を果たす。所得再分配政策というブレーキがあったからこそ、資本主義経済というアクセルを強化することができた。

21世紀、成長と分配の問題はますます重要になるが、分配を重視するために成長を犠牲にするという考え方は好ましい結果にはならない。それより資本主義の持つ成長力を最大限に発揮するためにも、安全弁としての分配政策を強化する必要があるだろう。なぜ、そうした議論をするかと言えば、世界の資本主義経済の流れが大きく変わりつつあるからだ。この10年の世界経済を見ると、創造的破壊と呼ばれる色彩がさらに強くなっている。その象徴的な存在がGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)である。

この5社の株価総額は日本の上場会社の総額よりも大きい。この5社を除いたこの10年の米国の株価成長率を見ると、日本のそれと大きな違いは見られない。つまり、ベンチャーで始まったこの5社の急速な成長が米国の経済成長の主たる原動力となっているのだ。さらにネットフリックスやウーバーのようにそれを追いかけるベンチャーも多くある。米国だけでなく、欧州やアジア諸国でも、こうしたベンチャーを育てるような資本主義経済への転換を図っている。そのためには、成長分野に資金や人材が集まるようにし、既存のビジネスが破壊されることを恐れず、新しいビジネスが次々に生まれる流れを作る。要するに創造的破壊を受け入れる必要があるのだ。

日本に求められる改革もたくさんあるが、多くは資本主義のアクセルをさらに踏み込むものである。その上で、分配の公正と社会の安定を実現する取り組みが求められる。これが新しい資本主義のあるべき姿ではないか。(いとう もとしげ)

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