古典個展

名誉教授を活用せよ 大阪大名誉教授・加地伸行

大阪大名誉教授の加地伸行氏
大阪大名誉教授の加地伸行氏

思わぬ事件が起こる。その種類はさまざまであるが、老生、一生を教育や研究に関わってきたので、それと関連する事件に対してはつらさを感じる。

例えば大学入学共通テストの当日、受験生らに凶器で切り付けた高校2年生がいた。学校の面接で東大医学部へ進学できるコースに合格する学力不足を告げられて絶望し、名古屋から東大前まで出てきての犯行であった。この事件は多くのことを示してくれている。種々の論評が出ているが、老生、ぜひとも告げたいことがある。

それは、教育において最も大切なこと―すなわち〈こころざし〉を立てることが、本人にも学校にも欠落している点だ。

本来は、東大医学部が第一ではなくて、医学部進学が第一であり、次いで大学選びなのである。〈医学をこころざす〉、この夢を果たす方法はある。そのことを知らず、東大をくっつけている。そこには〈こころざし〉が見えない。

以前、高校生が犯した自宅放火、あるいは実母殺害…といういろいろな事件が起こった。つらい話であった。

老生、受験指導等(など)において歴史ある組織の顧問をしているので、ただちに同組織の機関誌に連載して、中・高校生に大切なことは何かを述べ続け、それを『祖父が語る「こころざしの物語」』と題して出版した。

それから十数年が経(た)つ。しかし受験生の犯罪がまだ起こっている。犯罪に至る直前の受験生はもっといることであろう。

それでは、どうすればよいのか。いろいろな方法があるだろうが、〈こころざし〉を語る教育をできる案を述べたい。

それは、講師として諸大学の名誉教授を任ずることである。

名誉教授の内、70歳以上の場合、ほとんどはもう学校とは無縁である。またその総数は大量であり、しかも各地にいる。

一方、中・高では、例えば入学式・始業式・文化祭等の日は授業と関わりなく生徒が出席できる空き時間があるので講演時間・場所は校内で確保できる。

講師費用は、原則として無報酬がいい。その代わりとして、例えばその自治体関連の催し物(映画や展覧会等)の入場券を差し上げるのはいかがか。

率直に言って、名誉教授はひまなのである。若い中・高生相手なら喜んで協力するであろうし、本人にとっても若人と話をしたいのである。

もちろん、希望校を示してもいい。例えば母校。少年少女時代の学び舎(や)で講演する。これほど楽しいことはない。まさに「祖父母が語る〈こころざし〉の物語」となるであろう。老人の名誉教授にとって孫ほどの中・高生に、己の人生を語り、なぜその学問を選び、どういう苦心があり、どういう喜びを得たのか…を伝えること、これほど楽しいことはない。

老生は神戸にある塾で年に数回の奉仕講演を続けている。参加生徒はつらい人生から立ち直った勇者である。楽しい。

『論語』述而(じゅつじ)に曰(いわ)く、黙して之(これ)を識(しる)し、学びて厭(いと)わず、人に誨(おし)えて倦(う)まず、と。(かじ のぶゆき)

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