<独自>竹島で受賞の日英博覧会メダル、地元で紛失

竹島のアシカの皮製品などが受賞した日英博覧会の銀メダル(左)=平成4年7月(井上貴央・鳥取大名誉教授提供)
竹島のアシカの皮製品などが受賞した日英博覧会の銀メダル(左)=平成4年7月(井上貴央・鳥取大名誉教授提供)

わが国固有の領土にもかかわらず、韓国による不法占拠が続いている竹島(島根県隠岐の島町)で、明治時代に同町民らが行っていたアシカ猟にまつわる貴重な資料の一部が所在不明になっていることが19日、関係者への取材で分かった。所有者の寄贈を受け、町施設の「隠岐自然館」(移転)に展示されていたが、10年以上前になくなっていることに気づいたという。

同町は紛失を公表しておらず、詳しい経緯も「確認できない」としている。アシカ猟に関する資料は、日本による竹島での漁猟が国内外で認知・評価されていたことを裏付けるとともに、竹島の領有権が世界的に認識されていたことを示す貴重なもので、保存活用のあり方が改めて問われている。

竹島では江戸時代の1600年代前半から、伯耆(ほうき)国(現在の鳥取県西部)の商人が幕府の渡海許可を得てアシカ猟を行い、明治時代には隠岐の島民が組織的な漁猟を実施。政府は事業安定化を求める島民の声を受け、明治38(1905)年1月、竹島を島根県に編入する閣議決定を行い、諸外国に領有権を明確に宣言した。地元には今も、竹島に関する資料を所蔵する人がおり、隠岐の島町や県などが調査、収集を進めている。

町によると、所在不明となっているのは1910年に英・ロンドンで開催された日英博覧会に、隠岐の「竹島漁猟合資会社」が出品したアシカの皮とかばんが獲得したとされる銀メダル。竹島での漁猟を目的に同社を設立した隠岐の水産家、中井養三郎氏の次女が昭和61年11月に寄贈したもので、同町の西郷港近くに平成7年7月に町が開設した「隠岐自然館」の目玉展示の一つだった。

隠岐自然館で展示されていたニホンアシカの皮と皮で作られた鞄=島根県隠岐の島町
隠岐自然館で展示されていたニホンアシカの皮と皮で作られた鞄=島根県隠岐の島町

メダルは博覧会に出品された皮やかばんなどとともに館内で展示されていた。町は22年3月8日時点で紛失していたとの記録を確認したが、発見者や当時の状況など、詳しい記録は見つかっていないとしている。

一方、その5年ほど前に研究者が同町を調査のため訪れた際、メダルはすでになかったとの指摘もある。関係者によると当時、同館に防犯カメラなどは設置されておらず、メダルの紛失を機に防犯機器の整備が進められたという。

同町は産経新聞の取材に対し、「今後は資料の保管を厳重にしたい」としている。

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