「挑戦」の物語が最高のエンディングで結ばれた。今大会、5種目にエントリーしたスピードスケート女子の高木美帆(27)が17日、最後の1000メートルで金メダルを獲得した。自身初の五輪から12年、全てをぶつけてたどり着いた境地に、涙がこぼれた。
「心技体がそろってきた」。中学3年から高校までコーチを務め、大学時代も一時、高木を指導した白幡圭史さん(48)は教え子の成長に目を細める。
2010年バンクーバー五輪代表を射止め周囲から「天才」と称されていた少女だが、出会った当時は、一歩一歩を「よいしょ」と踏ん張る典型的な「子供のスケーティング」(白幡さん)。冬季五輪3大会出場の経験を持つ白幡さんが、低い姿勢から氷を足で強く押す、まるでジャンプをしているような理想のフォームを、自ら実践してたたき込み、技術の礎を築いた。
心も強くなった。大学進学後、連続出場を狙った14年ソチ五輪に落選。「負けず嫌いだけど、その気持ちが、自分自身に負けない、という思いに向いていた」。指導していた日体大の青柳徹監督(53)は、どこか飄々(ひょうひょう)とした高木の言動に「勝利」への貪欲さが欠けると感じていた。
転機は、実績で後れを取っていた姉の菜那(29)の同五輪代表選出だった。このころから「勝ちたい」と周囲にはっきりと口にするようになった。18年平昌五輪で金銀銅。3個のメダルを首に下げてもなお貪欲になった気持ちを満たすため、狙いを定めたのが今大会での5種目出場だ。
高木の食事指導をする食品メーカー「明治」の管理栄養士、村野あずささん(49)は、前代未聞のチャレンジに向け、おにぎりなどの補食をこまめに取り、最後まで戦いきれる体力を維持するよう指示。食べたものは団子1個でも写真で村野さんと共有し指導を仰いだ。新型コロナウイルス禍で食環境が整わない海外遠征でも、村野さんのアドバイスで、現地のスーパーから一品を加えた。
今大会7レース目となったこの日、最後のコーナーも歯を食いしばって乗り切った。念願の個人種目での戴冠。「仲間からエールをもらい、スタートの1歩目からひるまずに攻めることができた。やっとみんなにありがとうを言える」
レース後、日の丸を背に掲げてリンクを周回した。今までで一番誇らしい、ビクトリーランだった。
(永井大輔)