私の受験時代

医学部も五輪も 自分で運命を切り開く 柔道選手・医学生 朝比奈沙羅さん

2020年2月、柔道グランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝したときの朝比奈沙羅さん(納冨康撮影)
2020年2月、柔道グランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝したときの朝比奈沙羅さん(納冨康撮影)

柔道を始めたのは、アテネ五輪の男子100キロ超級で鈴木桂治選手が金メダルを取ったシーンをテレビで見たのがきっかけ。小学生のころ、足をけがしたとき、あるお医者さんが的確に診断し「今は休んだ方がいい」と言ってくれて、選手生命を守って下さり、かっこいいと思いました。医療従事者の両親の影響もあり、医師を志しました。

毎日11時間勉強していた高校3年の受験前、バーンアウト(燃え尽き症候群)になった時期がありました。本当に医学部に入りたいのかという迷いを父に伝えたら「じゃ、やめれば」という言葉が返ってきて。反骨精神で「医学部に入るまでは一生懸命やる」と宣言しました。落ちたとき人目もはばからず涙が出て、「時間はかかっても医学部に行こう」と決心しました。

リオデジャネイロ五輪出場を目指していたので、競技生活を優先して東海大体育学部に入学しました。けがでリオ五輪出場はかないませんでしたが、大学では、保健体育の教員免許も取りました。一生付き合える友達とも出会い、性格が前向きになりました。

1年生時から多くの単位を取っていたので、3年生になると余裕が出てきて、医学部進学系予備校に通い、数学や英語、化学などの個別授業を受けました。中学生の頃から全日本の強化選手に選ばれ、合宿や国際大会派遣で授業を受けられず理解が不足していた部分を伸ばすよう意識しました。小論文や面接対策もしました。

国際大会スケジュールと試験日程を考慮してあらためて医学部受験に臨みましたが、国立大学の学士編入試験は不合格ばかりでした。諦めずに受験を続けて、最終的にAO入試で独協医大医学部に合格。一昨年春に入学することができました。

受験では、分からない問題でも空欄にしないことを心がけていました。惜しい内容なら部分点がもらえるかもしれない。名前を書き忘れない、マークシートがずれないようにチェックすることも大事です。当たり前と思うことがきちんとできれば合格が近づくと思います。

大学の成績は良い方ではありませんが、留年しないように頑張っています。友人に恵まれ、勉強を教えてもらったりしています。実習系の講義は得意で、人形を使った応急処置の練習で焦る友人に「落ち着いて周りを見て」とアドバイスすることも。大学の講義とバランスを取りつつ、パリ五輪で金メダルを取るという夢を実現したい。

将来は「いいお医者さん」と言ってもらえる医師になりたいです。同じ目線で、病気を治すために一緒に闘う存在と思ってもらえるような。初期研修や病院実習でいろんな科を回り、情熱を注げる診療科に進もうと考えています。

長い目で見れば、人生に起こったことはすべてに意味があると思います。自分の運命は自分で切り開けます。「自分の人生を彩れるように」という思いで受験に挑んでほしいです。(聞き手 吉田智香)

あさひな・さら 平成8年10月生まれ。東京都出身。ビッグツリー所属。昨年6月の世界選手権女子78キロ超級で優勝した際、負傷で歩けない対戦相手をおんぶして畳をおりたシーンが、国際柔道連盟の「IJF JUDO AWARDS 2021」の印象に残った場面に贈られる「MOMENT OF THE YEAR」を受賞。今年1月には、2024年パリ五輪出場を目指して現役を続けると明らかにした。

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