川村あんり「夢はかなう」伝えたい 女子モーグル5位

「女子モーグル 決勝3回目」 5位に終わった川村あんり=6日、雲頂スキー公園(彦野公太朗撮影)
「女子モーグル 決勝3回目」 5位に終わった川村あんり=6日、雲頂スキー公園(彦野公太朗撮影)

女子モーグルの川村あんり(17)は、初の五輪の大舞台で最後まで攻めの姿勢を崩さなかったが、惜しくも表彰台には届かず5位に終わった。支えてくれた周囲の期待に応えられなかったとの思いからか、「申し訳ない気持ちでいっぱい」と涙をぬぐった。

東京と新潟の〝二重生活〟で両親と積み重ねた鍛錬の成果とともに、北京に臨んだ。出身は東京都東久留米市。3歳の冬、新潟県湯沢町の祖父母のマンションを訪れた際に向かったゲレンデが人生を変えた。

祖父母はスキー愛好家だった。「孫と一緒に」と、すでに板やブーツなど一式を買いそろえていた。「このときの体験が、よっぽど楽しかったのだろう」と父、修一さん(56)。スキーのとりこになった。

楽しげな娘の様子をみた修一さんはこんな提案をした。「冬の間は湯沢で生活してみようか」。ここから季節ごとに東京と新潟を行き来する生活が始まった。

モーグルを始めたのは4歳のとき。当初から、周囲が驚きを隠せないほど、コブ斜面をスムーズに降りていった。小学校に上がると1、2学期は都内の学校に通い、冬場の3学期は湯沢町の学校に移って雪山に通い詰めた。中学進学後は母、綾子さん(54)とともに同町に移住し、モーグルの練習に取り組んだ。

両親は協力を惜しまなかった。東京に残った修一さんも週末を利用して足しげく同町を訪れ、スキー場では綾子さんとスコップを握り、モーグル用のジャンプ台を作って環境を整えた。

「スキーで世界一になる」。小学校の発表会でそう宣言し、今大会での〝有言実行〟を狙った川村だったが、最後はメダルにあと一歩届かず。それでもテレビから娘を見守った修一さんは「持てる力は全て出せていたのではないか」。ほろ苦い五輪デビューとなった川村は、「頑張れば夢はかなうということを伝えられるスキーヤーになりたい」と前を見据えた。その顔に、もう涙はなかった。(太田泰)

競技一覧

会員限定記事会員サービス詳細