話の肖像画

落語家・桂文珍(73)1 藤山寛美さんに怒られて

落語家の桂文珍さん(桐山弘太撮影)
落語家の桂文珍さん(桐山弘太撮影)

《多才な人、孤高の人である。17本のレギュラー番組を、あっさり袖(そで)にして、落語に専念した人である。そして今、東西の落語家の会でも、トップクラスの動員力を誇る》


僕は、演芸場が好きで落語家になったんです。何が面白いって、相手が〝生きてはる〟お客さん。それこそ、老若男女がお越しになるし、それぞれの土地や午前、午後、夜の時間帯によっても客席の反応は違う。

ライブの落語会は、そこを読み取って合わせていくのが楽しいんですよ。

つまり、「読み取り・合わせ・引っ張り」ですな。最後に自分の世界に誘うことができれば、良い結果になることが多い。お客さんが納得して、ストーンとお腹(なか)に落ちる。「刺さる」言葉をどれだけお届けできるか、にかかっていますね。

そして、最後に「楽しかったな」と感じて帰っていただく。僕にとっては、それが一番、うれしいことなんです。


《「座布団の上は宇宙だ」と言う》


落語という芸能は「何もないところ」で演(や)っています。だから(逆に)何でもできる。見えないものを、見ることができる面白さがあるんですよ。

《かつては、東西の全テレビ局でレギュラー番組を持ち、目の回るような忙しさ。平成17年、報道・情報番組の司会を降板して以降、ライブでの落語に活動の軸足を置く》


もう、めちゃめちゃ働いていましたね。東京、大阪にそれぞれマネジャーがいて、僕だけが(新幹線で)移動する。マネジャーはその間休めるけど、僕はフラフラですよ。

そのころ(喜劇俳優の)藤山寛美(かんび)センセ(1929~90年)に対談で怒られたことがあるんですわ。

「文珍さんあんた、ぎょうさんテレビ出てはんなぁ」と言われて、てっきりほめられるのか思うてたら、「アカンわ、(レギュラーは)いずれ終わるで。長いスパンで考えるんなら、今のうちにもっと芸に集中しなさい」って。

そういうことを言うてくれる人はいなかった。ホンマありがたいお話でした。少しずつ重心を落語に移す、ひとつのきっかけになりましたね。


《一昨年(令和2年)春、東京・国立劇場大劇場(客席数約1600)で、1日2演目を20日間という、東京の落語家でもやったことがない空前の独演会を開催。チケットは完売していたが、新型コロナ禍によって一部公演が延期・キャンセルとなってしまった》


20日間・昼夜だから計40席の噺(はなし)を演る。ようそんなむちゃなことやろうと、思うたなぁって(苦笑)。(一部中止になったことは)お客さんに迷惑をかけたし、心が痛い。それでも「通し」で(全公演に)来ていただいたファンの方もいて、ありがたいことですよ。


《昨年、同じ国立劇場の小劇場で予定していた恒例の独演会も、コロナ禍で今度は劇場自体が閉鎖。今年のゴールデンウイークに再び予定している》


大劇場での再リベンジですか? せなアカンと思うてますけど、体力が持つかなぁ。(聞き手 喜多由浩)

【プロフィル】桂文珍

かつら・ぶんちん 昭和23年、兵庫県出身、大学在学中の44年、桂小文枝(こぶんし)(先代文枝)に入門。テレビ番組で若手落語家によるユニット「ザ・パンダ」の一員として人気を博し、司会、バラエティーでも活躍。50代以降は、ほぼ落語一本に活動を絞り、全国で独演会を開いている。持ちネタは上方落語の古典から新作まで幅広い。58年、「上方お笑い大賞」受賞。

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