疫病に対した先人に学ぶ 栃木・日光でテーマ展

感染症に苦しんだ時代における日常の暮らしを振り返るテーマ展「江戸時代の感染症(疫病・流行(はや)り病)と人々のくらし」が、栃木県の日光市二宮尊徳記念館(日光市今市)で開かれている。地域に受け継がれている祭礼や古文書の紹介を通し、疫病に対する先人たちの姿と新型コロナウイルス感染症に直面する現在を重ね合わせる。3月31日まで。

江戸時代には感染症は、主に疱瘡(ほうそう)(天然痘)、麻疹(はしか)、虎狼痢(ころり)(コレラ)などで、「疫病」や「流行り病」と呼ばれていた。疫病対策として、人々は予防や治癒のために祭礼などで疫病退散の神仏に祈願。「牛頭(ごず)天王」や「大杉様(あんばさま)」が信仰された。

神仏習合の状態だった「牛頭天王」は、明治になり神仏分離令により表舞台から消えたものの、姿を変化させ「天王祭」などとして現代にも受け継がれている。

展示では、市内の各地域に残る、牛頭天王へ奉納したのぼり旗のほか、獅子頭や衣装、祭礼の様子などを紹介。集落の出入り口となる境に設置した魔よけの大わらじや、わら人形の実物も展示している。

江戸幕府8代将軍の徳川吉宗は、感染症対策のほか薬草の高麗人参(にんじん)の国産化にも着手。日光神領での栽培が幕府の薬の供給を担った。厳重な管理のもとに栽培されていた様子が「小来川参作人文書」に残されている。

幕末には二宮尊徳の息子、弥太郎が安政6年(1859年)にコレラに罹患(りかん)し、半年間病床にあった経過が「報徳役所日記」に記されている。蘭学を学び、国内でいち早く牛痘接種をした壬生藩医・斎藤玄昌(げんしょう)の当時の最先端の治療を受け一命を取り留めたことや、各地の社寺による病気平癒の祈祷(きとう)などを行ったことが分かる。

また、日光神領の農村振興事業「報徳仕法」が行われた16年間には麻疹とコレラが同時に蔓延(まんえん)し、多くの死亡者が出た。地域に残る古文書には、困窮した一家を救済する報徳無利息金の貸し付けなど独自の財政支援や、村内の互助につながったなどの解説もある。

学芸員の斎藤康則さんは「人々が祈りに真摯(しんし)にすがる姿や、最新の医療に取り組む姿、困窮者を救う独自の施策など、先人たちの生き方から、現代に通じるヒントを見いだしてもらえれば」と話している。

月曜休館。入館無料。問い合わせは同記念館0288・25・7333。(松沢真美)

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