行動する肉体派作家 石原慎太郎さん死去

1日に89歳で亡くなった石原慎太郎さんは、政治家として現実社会と切り結びながら創作にも全力を注ぐまれな「行動する肉体派作家」だった。時代の精神を映し出す小説やエッセーは軒並みベストセラーに。自らを〝人生家〟と称した通り、執筆活動の源泉となったのは、人間、そして人生に対する飽くなき好奇心だった。

大家も眉ひそめる

「太陽の季節」が芥川賞を受賞した昭和31年は「もはや戦後ではない」が流行語になった戦後の転換期だった。史上最年少(当時)の23歳で、現役の一橋大学生-。そんな作者の属性以上に強い衝撃を与えたのは作品の中身だった。ボクシングに打ち込む男子高校生を主人公に既成の道徳に反逆する無軌道な若者の言動を赤裸々に描く。露骨な風俗描写や倫理観の欠如に眉をひそめる文壇の大家もいたが、新しい感性を示した同作はベストセラーとなり、映画化された。自らも出演した映画では、実弟の裕次郎さんが俳優デビュー。頭髪を〝慎太郎刈り〟で決めた若者が街にあふれ「太陽族」が流行語に。芥川賞が現在のような有名な賞に飛躍するきっかけのひとつになった。

死の影、生の味わい

働き盛りの父を亡くし、青年期から生と死への思索を深めたことが石原文学の出発点にある。三島由紀夫らと親交を深め、43年に参議院議員に初当選した後も旺盛な執筆活動を展開。完全殺人にいたる医学生の軌跡を克明につづった「化石の森」(45年)、末期がんを宣告された男の闘いを描く「生還」(63年)、スキューバダイビングやヨットでの実体験を下敷きに、死と隣り合わせにある生の輝きをうたった掌編小説集「わが人生の時の時」(平成2年)…。自身の肉体と実感を信じる人物を中心に据えた作品で、人間の孤独、生と死という普遍的な主題を掘り下げた。

「僕は肉体派だからね。肉体を使う行為の裏側には必ず死の影がある。死とのコントラストの中にある生の味わいは深い。恐怖というのはね、人間が味わえる一番の感動だと思うんだよ」と語っていた。

8年には国民的スターだった裕次郎さんの光と影を描く長編「弟」を発表。手触りのある時代の空気とともに描き出しミリオンセラーになった。思春期に味わった戦争の不条理や残酷さは心の奥深くに沈殿し、後に母国への強い愛着、そしてアメリカへの反発となってあらわれた。日本の主体性を問うたベストセラー「『NO』と言える日本」はその結晶でもある。

受賞者と舌戦も

都知事在任中も含めて長く務めた芥川賞選考委員時代には、辛辣(しんらつ)な選評に賛否も渦巻いた。「バカみたいな作品ばっかりだよ」。24年1月には選考前に都庁での会見で候補作をそう切り捨て、受賞作家の田中慎弥さんとの舌戦が話題に。選考委員辞任を表明した際の言葉には、かつての自分のような年長者を脅かす過激な作品に出会えない寂しさがにじんでいた。

「ほかの物書きはこれだけの体験をしていない。考え直す必要もないくらいに次から次へといろんなことが起こるぜいたくな人生だった。自分を突き動かすのは結局、人生に対する好奇心なんだよね」と振り返っていた。政界引退後の28年にもかつて政敵だった田中角栄元首相の生涯を一人称で紡いだ「天才」が100万部に迫り、その年のベストセラー1位になった。喧騒(けんそう)のただ中に常に身を置き、語り、書き、社会を動かし続ける-。エネルギッシュな作家人生を颯爽(さっそう)と駆け抜けた。(海老沢類)

作家の石原慎太郎氏が死去 元東京都知事、元運輸相


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