ローザンヌ入賞、カギは吸収力 バレエ登竜門

若手バレエダンサーの登竜門「第50回ローザンヌ国際バレエコンクール」が1月30日から2月6日まで、スイス西部モントルーで開かれている。大会はこれまで世界のひのき舞台で活躍する多くの若き才能を見いだし、過去に入賞した多くの日本人ダンサーが国内外のバレエ団で活躍している。コンクールを現地で取材してきた舞踊評論家の岡見さえさんに、採点のポイントや結果を残すダンサーの条件を聞いた。

コンクールの出場資格は14~18歳のプロのダンサーを目指すアマチュア。今年は39カ国から376人の応募があり、うち17カ国の81人が1次予選(ビデオ選考と事前選考)を通過し、大会に出場する。日本人は14人(女子6人、男子8人)が通過したが、1人が辞退したため13人が出場する。

4日間はレッスンの様子を審査員が採点。5日目に出場者全員がクラシック(古典)とコンテンポラリー(現代舞踊)のソロを舞台上で発表し、全5日間の審査結果から決選に進む最大20人のファイナリストを選抜する。

「プロ適性」を審査

審査員は毎回入れ替わっており、ローザンヌの入賞者で世界的ダンサーの吉田都さんや熊川哲也さんが務めたこともある。

審査員は出場者のどこを見ているのか。「プロの適性があるか注目している。ローザンヌでは、レッスン初日からの成長をみる、とよく言われている」。つまり、短期間で吸収し、修正していく能力だ。

「最初は目立っていても次第に印象が薄まってしまう人がいる。逆にだんだん輝きを増していくタイプもいる」。スター性が備わっているかも鍵のようだ。

さらに、「優秀な出場者は一度指摘されると直せる。何度も同じ指摘を受けないというのが適性の一つでは。周りとの協調性も重要かもしれない。雰囲気のいいダンサーは印象に残るし、入賞するケースも多い」と指摘する。

プロとしての冷静さも必要だ。世界的バレエダンサーの中村祥子さんは1996年、古典の演技中に転倒。次の現代舞踊ではいつも以上に集中して踊り入賞を果たした。また、パリ・オペラ座バレエ団で活躍するオニール八菜(はな)さんは、2009年の決選でトーシューズのリボンが解けるアクシデントに見舞われた。すぐに舞台袖に移動し、結び直して再開。見事な踊りを披露し、優勝を果たした。

「あわてず、パニックにならず舞台人として正しい選択をした。予想していなかった状況に陥ったときに適切に対処する能力も、審査員はもちろん見ている」

通過割合は低調?

日本ではローザンヌに対する関心が高く、国籍別では今回、応募者が82人と最多。また1次予選の通過者14人も米国と並び最も多かった。しかし、通過者の割合をみると中国の56%、韓国の42%と比べ、日本は17%と低い。「中国には国立のバレエ学校がある。韓国にもバレエを専門に学べる芸術学校があり、学業と両立できる態勢が整っているからではないか」と分析する。

一方、今大会に臨む日本人13人のうちの8人は現在、ボリショイ・バレエ・アカデミーなど海外のバレエ学校に所属する。「所属学校の教育が一つのポイントになる。海外で学んでいると、ローザンヌのクラスで受ける指示や要求も理解しやすいアドバンテージがあるだろう」

日本人入賞の可能性については、「学校の威信をかけて、優秀な生徒を送り出す欧州の有名バレエ学校からの出場者は、かなり有望かもしれない」と展望した。(水沼啓子)

2012年の大会で優勝した菅井円加さん(独ハンブルク・バレエ団プリンシパル)がコンクールの思い出を語った。

準決選は不完全燃焼で悔しくて、このまま日本に帰るのは残念すぎると思いました。決選には行けないとあきらめて会場の外で食事を取っていたら、決選に残る人たちの名前が張り出されていて「円加、載っているよ」と人から教えられました。あわてて戻ると、すでに決選出場者に対する説明が行われていて、「すみません。遅れました」と。

次の日の決選では気合を入れ直して、前日うまくできなかったところを頭に入れて踊りました。本当、楽しく踊れました。それだけで満足だったので、まさか優勝するとは。表彰式で名前を呼ばれたときは頭が真っ白になりました。(談)

■ローザンヌ国際バレエコンクール スイス西部のローザンヌ(現在、劇場を改修中)で1973年から開かれている。1週間ほどかけて審査し、入賞者(約8人)を選出。入賞すると海外の著名なバレエ学校への留学(授業料免除)やバレエ団で研修する権利と生活援助金が授与される。留学先は決選の成績順に優先権が与えられる。これまでの日本人入賞者は70人を超える。

会員限定記事会員サービス詳細