有事で二の足 再び問われる日銀の対応力 平成23年7~12月の議事録公開

会見する白川方明・日本銀行総裁=2009年1月22日、東京・日本橋の日本銀行本店(鈴木健児撮影)
会見する白川方明・日本銀行総裁=2009年1月22日、東京・日本橋の日本銀行本店(鈴木健児撮影)

日本銀行が31日公開した平成23年7~12月の金融政策決定会合の議事録では、日銀が従来の〝常識〟にとらわれ、歴史的な円高という有事で追加の金融緩和に踏み込めない姿が浮き彫りになった。後手の対応で果たせなかった円高不況からの脱却は自公政権下の「異次元の金融緩和」で実現されたが、10年後の現在、日銀は資源価格の高騰と円安が重なる「悪い物価上昇」を突きつけられ、その対応力が改めて問われている。

「まだ日本銀行の緩和が諸外国に比べて見劣りするという、除きがたいパーセプション(認識)が(政権内に)ある」

白川方明(まさあき)総裁は9月7日の会合で、当時の民主党政権に対する不満感を吐露した。8月4日に踏み切った金融緩和と為替介入の合わせ技でも円高基調は変えられず、当時政権を握っていた民主党が8月下旬に実施した代表選でも候補者から追加緩和策を求める声が上がるなど、圧力が強まっていたからだ。

ただ、市中に供給した資金量(マネタリーベース)の対国内総生産(GDP)比は既に欧米より多く、日銀では潤沢な資金で景気を支えている自負があった。金融緩和が財政、経済の痛みを伴う構造改革を遅らせるとの懸念もあり、追加の対応に二の足を踏ませた。

円急騰は、10月31日~11月4日に計9兆円を投じた為替介入でひとまず歯止めがかかった。だが、中国の台頭を背景に米国が輸出促進に向けた為替操作に神経をとがらせたことで、〝伝家の宝刀〟は封じられ、民主党政権は円高不況を解決できず退場。状況が変わったのは平成25年4月、黒田東彦(はるひこ)総裁が前例に捕らわれない資産買い入れ策(異次元緩和)を導入した後で、白川日銀の後手は際立つ。

とはいえ、当初2年で終わるはずだった異次元緩和も間もなく10年目に入る。新型コロナウイルス禍で国内経済が停滞したまま、海外要因の物価上昇で国民生活に影響が出始めた。日本の通貨当局は23年11月を最後に為替介入を実施しておらず、通貨安定の重圧はもっぱら日銀にのしかかる。

輸入物価の上昇につながる円安を抑えるなら政策金利の引き上げなど金融引き締めが必要だが、低金利に頼り財政支出を重ねた政府は国債の利払い費増で追い込まれかねない。資金の供給量を減らせばコロナ禍の景気回復にも逆風だ。もはや日銀だけの判断では政策修正が難しく、令和5年4月に任期満了を迎える黒田氏の後任総裁に重い宿題が引き継がれることになる。(高久清史)

>歴史的円高でも追加緩和で慎重姿勢 政府と軋轢 日銀が平成23年7~12月の議事録公開


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