「途方もないことですよね、こんな本を書かなきゃいけないなんて…。僕が目隠しして書いた、この表紙の『詩』という文字に、おびえとおそれ、恥ずかしさが表れています」
創作歴は60年に及ぶ。言葉の可能性を突き詰めた先鋭的な詩と、朗読パフォーマンスは海外でもよく知られている。そんな現代日本を代表する詩人である吉増剛造さん(82)にとっても、本書のタイトルは容易には書き進められない大きな問いだった。
だから自分の語りをICレコーダーに吹き込んで編集者に送り、文字の形に起こされたものにまた手を入れた。そうしたやり取りを重ねた末に、コンパクトかつ深遠な一冊の詩論が出来上がった。「本気で苦しみました。ただ、今こそ詩といわれる根源的な人の心の動きの奥底を表現することが大事なんじゃないか、というところまではたどり着けたのかな」
× ×
若き日の吉増さんが〈爆発的なエロス〉に衝撃を受けたディラン・トマスの詩の紹介から始まる本書は、ジャンルを越境する自由な語りが魅力だ。李白の短詩がたたえる静けさに強さを感じ取り、日本の戦後詩やフランツ・カフカの断章から、存在することの根源的な痛苦を読み取る。果てはゴッホの絵画から立ち上がるざわめきや、ノイズをはらんだジャズのハーモニー、人の濁声(だみごえ)が持つ不思議な豊かさにも思いを寄せる。
雑多な音や風景を映像作品にしたり、銅板に文字を打刻したオブジェを作ったり…。視覚だけでなく聴覚や触覚に触れる創作を続ける詩人らしいアプローチだ。「芸術に共通する根っこを探す癖があるんです。僕は筆圧が強いんだけれど、書いているときに音が聞こえてくる。それは画数によっても変わる。穴を穿(うが)ったり音を出すことが、音楽になり舞踏になり彫刻になり、詩にもなる」
詩の「正体」に近づく上でカギになりそうなのが、英のロマン派詩人ジョン・キーツが残した〈ネガティヴ・ケイパビリティ(消極的な才能)〉という言葉。吉増さんはこれを〈待っていて、何か柔らかいものをつかまえる能力〉と言い換え、優れた芸術の根源にある受動性や、どこか頼りなく萎えているようにすら映る控えめな感性に目を向ける。
「僕の好きな(与謝)蕪村に『遅き日のつもりて遠き昔かな』という一句があります。ここにあるような、速くはなく、もたもたして弱いような光が折り重なって私たちの生はできている。どもったり、戸惑ったりするときに働くものの方が大事なんですよ。未完成というのかな、何か足りない方へとずれていって〝言葉を枯らす〟。濁り、枯れ、といったものの果てに詩がある」
× ×
平成23年の東日本大震災を経て、吉増さんの詩作は複雑さと深みを増している印象を受ける。被災地である宮城県石巻市に通い続けて書いた昨秋刊の詩集『Voix(ヴォワ)』(思潮社)は句読点やルビを多用しながら、時を超越した土地の声のようなものを響かせている。
一方で、震災の翌年に亡くなった詩人で評論家の吉本隆明さんの著作を、追悼の意味も込めて約10年にわたって筆写してきた。自ら紙に線を引き、手を動かしながら思索を深めた大思想家の身ぶりに、世界の根源に触れる何かがあると感じたからだ。「書き写し、それについてしゃべっているときに、『僕一人で書いているんじゃないんだよな』とふと気づく。言葉の向こうに、死者も含めた無数の他者がいるんです」と語る。
「今回の詩論でも、音声で吹き込む自分の声にまざって、別の騒ぎが聞こえ始めた。だから、この本ができる道筋そのものが『詩とは何か』に対する一つの答えなのかな」
◇
3つのQ
Q最近読んで印象に残った本は?
ジャック・デリダの哲学書『散種』(法政大学出版局)。文字と声の問題についても論じられていて、面白い
Q一番の気晴らしは?
相撲が大好き。必ず録画しておいて家に帰ってから見ます。呼び出しの声がまたいいんだなあ
Q新型コロナウイルス禍の中で気になった言葉は?
ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)。みなさんが距離を意識して挙動が変わってきた。大事なことが始まっている感じがします
◇
よします・ごうぞう 昭和14年、東京生まれ。慶応大文学部卒。39年に最初の詩集『出発』を出版。ほかの詩集に『黄金詩篇』(高見順賞)、『オシリス、石ノ神』(現代詩花椿賞)、『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(芸術選奨文部大臣賞)、『怪物君』などがある。日本芸術院会員、文化功労者。