話の肖像画

真矢ミキ(26)友人、岡江久美子さん 突然の別れ

ステイホーム期間中は、絵を描くなど創作活動に励んだ
ステイホーム期間中は、絵を描くなど創作活動に励んだ

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《今も続くコロナ禍で、真矢さんには公私ともに、大きな影響があった》


コロナのため、ドラマの撮影が数カ月、止まったり、私も皆さんと同様、もどかしい日々でした。

ステイホーム期間中は、日頃できなかった物の整理や部屋の模様替え、また絵を描くなど、創作活動にもあてました。ブドウの枝を丸めたリースに、ドライフラワーにした花を飾り、人にプレゼントしたりしましたね。人との交流が遮断されてしまった時期だからこそ、つながりを大切に、手作りの創作物を贈っていたのかもしれません。

夫(バレエダンサーの西島数博さん)とは結婚以来、お互い忙しく、すれ違いも多いのですが、ステイホーム期間中は3食、協力して自炊するなど、今までにない時間を過ごせたのはよかったです。


《真矢さんにとって一番つらかったのは、長年の友人だった女優、岡江久美子さんとの別れだった。岡江さんは感染による肺炎で令和2年4月23日、63歳で突如、この世を去った》


四半世紀のお付き合いでした。出会いは、私が宝塚の花組トップスター時代。東京宝塚劇場の楽屋口、出待ちをする大勢のファンの方々に交じって、岡江さんが当時、中学生くらいだったお嬢さん(女優の大和田美帆さん)と一緒に、「真矢さーん! こっち見てー」と大声で呼びかけてくださったんです。

当時、岡江さんは朝の情報番組「はなまるマーケット」(TBS系)の司会をされていて、大勢にもみくちゃにされながらも、えらく目立っていました。私も初対面でしたが、目を疑い、「岡江さんですよね? 明日も朝早いのに、何なさっているんですか⁉ 危ないですから、おやめになってください」とファンに囲まれて移動するなかでやっとお伝えし、その後、番組に呼んでいただき、お付き合いが始まった感じです。

岡江さんは著名な方なのに、ちっともそれらしくなく、普通を楽しんでいるようなサッパリした、明るい女優でした。宝塚や食に興味があって、お料理も大好き。私はご自宅にお邪魔したり、わが家でも彼女の手料理をよくごちそうになりまして、今も、教えていただいた食材を買って、岡江さんのレシピで料理を作っています。西島さんとの結婚も、元はといえば共通の友人だった岡江さんが、お膳立てしてくださったようなものでした。


《岡江さんとは、最後の別れもままならず、真矢さんのショックは大きかった。訃報から2週間後、真矢さんは思いをブログにつづった》


「これまでに両親をおくってきた私ですが、親しくしていたお友達を突然失うことは、何かこれまでとは違う、埋めようのない寂寥感(せきりょうかん)があり、自分でも初めての感情に驚いています。この気持ち、役者としても忘れません。(中略)多分、15歳から宝塚で育った私をグィーっと社会とはこんなだよ! と荒療治だけど、夢の世界から現実を岡江さんらしい自然な優しさと明るさで教えてくれていた気がします。」(5月5日)

いまだに岡江さんが亡くなったことは信じられず、彼女を思うと、会いたくて仕方ありません。

人の命がいつ終わるか分からないことを目の当たりにして、生かされている者は何をすべきか、コロナ発生から2年たった今も日々、考えています。

テレビで親しまれ、みんなに愛されていた岡江さんが亡くなったことで、コロナの衝撃が身近に感じられるようになった人も多かったはず。何より彼女の死を、無駄にしたくない心です。(聞き手 飯塚友子)

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