《平成29年8月、高等学校卒業程度認定試験(旧大学入学資格検定)の5科目を受験し合格。翌年、数学ほか3科目もパスし、54歳で高卒認定を得た》
私自身は「中卒」という学歴に、さほどコンプレックスはなかったのですが、15歳で宝塚音楽学校に入学した後も、両親からずっと「夜間でも通信でもいいから、学校に行きなさい」と言われていました。当時の音楽学校には、高卒資格を得られるカリキュラムがなく、私は芸事に必死で、勉強どころではなかった。でも結局、両親の言葉が大人になってからも染みこんでいたんでしょうね。
また、朝の情報番組の司会をしていて、有識者の方々の意見に接し、せめて足元に及べるように、と思ったことも勉強の動機になりました。
でも大人になればなるほど、本業ではないことに取り組む場合、ゴールや締め切りを設定しないと難しい。ですから受験という形で怠け者の自分を鼓舞するためのゴールを、設定した感じです。
《当時は月曜から金曜の午前中は、情報番組の司会。午後はドラマの撮影が入る日もあり、寸暇を惜しんで勉強した》
50代で知識を詰め込むのは、それはそれは大変でした。網目の粗いザルで、水をくむような日々というか…。文字情報だけだとなかなか頭に入らないので、単語を語呂合わせにしたり、ノートにイラストを書いて、連想ゲームのように工夫して必死に覚えました。
でも勉強を始めたら、番組で扱っているニュースと、知識がだんだん、つながるようになり、面白くなってきたんです。政治は特に、背伸びして分かっているフリだけはしたくない、と思っていましたが、日本史の勉強を始めると、明治維新から現代に至る流れが見えてくる。幕末の薩長同盟が基盤にあって、明治政府が誕生すると、総理大臣も最初は薩摩(鹿児島)と長州(山口)出身者が続き、歴史って私たちから遠くない距離にあるのだと思いました。そうなると過去に遡(さかのぼ)って、派閥を調べてみたり…。
選挙前には各党の街頭演説を聞きに行くようになりました。今までは横目でチラリと見て、ときに立ち止まる程度でしたが、現場に足を運んでみると、誰が応援に来ているかで、党内の人間関係や、候補者の人間性も垣間見える。雨の中で選挙カーから降りるとき、傘を差し出されるのを待つ人もいれば、自ら雨の中を走っていく人もいて、人としても勉強になりました。
《試験直前の7月は平日、塾に5時間ほどこもり、その後、漫画喫茶などで復習に3時間ほどかけた》
若者も受験勉強は大変、苦しいと思いますが、やはり知識が入りやすい世代はある、と思いました。仕事や配偶者、そして親の介護もない、いわばフリータイムが多くある年代は、令和になろうとも受験に適した時代なんです。しかも脳がスピーディーに吸収できるとき、頑張った方がいい。ワインなら、時を重ねて芳醇(ほうじゅん)さを増しますが、どうやら人間の脳は、寝かせているだけでは退化するばかりで、歯がゆいですね(笑)。
《今も暇があると、大学講義の動画をよく見る》
東京大や京都大の先生が、講義されている動画を朝、化粧をするときなどによく聞いています。難関大の講義って、それこそチンプンカンプンと思いきや、その道のトップの学者の方の話は、スピーディーでユーモアもあって面白い。改めて大人になる醍醐味(だいごみ)って、深さや奥行きだと思う。一つのことについての探究心や知的好奇心が、人生経験と相まって、一つずつ身についていく楽しさを、50代に入って実感するようになりました。(聞き手 飯塚友子)