性ホルモンの急激な減少は男女を問わず、心と身体に大きな不調をもたらす。女性の場合、閉経を挟んだ前後約10年間が「更年期」と呼ばれ、女性ホルモンのエストロゲンの分泌が低下していく。閉経を経て迎える次のライフステージ「高齢期」では、それまで心身を守ってきたエストロゲンが枯渇しているため、さまざまな疾患に無防備な状態だといえる。更年期特有の症状が生じるメカニズムや、閉経後の疾患リスクについて、専門家に話を聞いた。
女性ホルモンの恩恵が失われる
「生涯に分泌されるエストロゲンはティースプーン1杯ほど。そのわずかなホルモンが女性の全身に大きな影響を与えています」。そう話すのは、浜松町ハマサイトクリニックで婦人科診療に携わる吉形玲美医師だ。
エストロゲンの主な作用は、妊娠・出産の準備を整える▽血管をしなやかに保つ▽骨量を維持する▽血中コレステロールを調整する▽自律神経のバランスを保つ▽肌の弾力や潤いを保つ-といったもの。女性の身体を守る〝楯〟のような存在だ。
「エストロゲンは卵巣で作られますが、すべての女性が加齢により卵巣機能は低下し、やがてエストロゲンの分泌が枯渇します。いままで分泌されていたホルモンが失われていくため、ホルモンバランスが崩れて不調が起こりやすくなる時期が『更年期』。閉経後およそ5年以上経過した時期『高齢期』には、エストロゲンが守ってきた脳や血管、骨、生殖器、泌尿器の疾患リスクが高まります」と吉形医師は説明する。
脳がパニックして起こる更年期の症状
更年期に生じやすい症状は、数種類のホルモンが関わる体内のメカニズムに狂いが生じることで発症する。
まずは、月経が順調にくる世代の女性の身体の仕組みを押さえたい。
通常は、脳の視床下部が同じ脳内の下垂体を刺激して、性腺刺激ホルモンが分泌される。このホルモンが卵巣に女性ホルモンのエストロゲンを出すように指令する。
指令を受けた卵巣はエストロゲンを分泌。排卵後、妊娠しなければ月経が起きる。
卵巣はエストロゲンを分泌したことを脳に伝達。脳は報告を受け、改めて視床下部から下垂体に指令が出され、卵巣が刺激される。この循環がうまく回ることで、月経が周期的にめぐってくる。
ところが、卵巣機能が低下する更年期の体内では、卵巣がエストロゲンを分泌しなくなる。エストロゲンが十分に出ないことが脳に伝達されると、脳では、視床下部が下垂体に、下垂体は卵巣に過剰に指令を出し続け、ホルモンバランスが崩れてしまう。
その結果、自律神経が乱れるなどのさまざまな不調が引き起こされるのだ。
「卵巣は機能しないのに、脳は指令を出し続けるので、脳のパニック状態が継続します。症状に個人差はありますが、やがて脳がエストロゲンが出ないことに慣れると、体調は安定していきます」(吉形医師)
高齢期女性の疾患リスク
更年期を経た高齢期女性は、体内で男性ホルモンのテストステロンが相対的にエストロゲンよりも多くなるため、男子高校生のように活動的になることは【性ホルモンを学ぶ】(男性ホルモンシリーズ)③リーダーシップや自立心 女性も元気にする男性ホルモン でも紹介した。
ただ、この年代の女性は、それまで身体を守ってきたエストロゲンが枯渇している状態。疾患リスクはむしろ、男性よりも高くなるので注意が必要だ。
気をつけたい疾患は多岐にわたる。
脳・神経系では、物忘れや鬱のリスクが増加。心血管系では、動脈硬化の進展による心筋梗塞、脳卒中。脂質代謝が低下することで、脂質異常症や内臓脂肪がつきやすくなり、骨粗鬆(こつそしょう)症による骨折や、泌尿器関係のトラブルなども増えてくる。
吉形医師は「更年期に差しかかる40代から、ホルモン補充療法(HRT)を受けておくことも、さまざまな疾患の予防の選択肢の一つになります。パートナーや家族、友人同士で互いの不調に気を配り、必要なら医療機関を訪ねることを助言し合えるようにコミュニケーションを重ねてほしい」と話している。
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人生の節目節目に、身体的、精神的な影響をもたらす「性ホルモン」の作用に注目が集まっています。性に関する科学的な知識をもつことは、豊かな人生につながります。家庭で、職場で、学校で-。生物学的に異なる身体的特徴をもつ男女が、互いの身体の仕組みを知り、不調や生きづらさに寄り添うことを目指した特集記事を随時配信していきます。