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真矢ミキ(24)「食」の力を実感「さくらの親子丼」

令和2年ごろ(本人提供)
令和2年ごろ(本人提供)

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《平成30年10月27日、母、佐藤雪子さんが88歳で亡くなった。それは真矢さん主演のフジテレビ系の人気ドラマ「さくらの親子丼2」の、クランクインの日だった》


涙が止まりませんでした。でも、衰えていく母を介護しているときも、葬儀のときも、やはり私を支えてくれたのは「人」。大切な身内や友人、仕事仲間が、私に寄り添ってくれ、そのありがたさが改めて身に染みました。

母の介護経験から、今でも街中でご高齢の方と、そのお世話をするご家族をみると、双方の気持ちや生活が想像できるだけに、胸が熱くなります。私にできることは演じることですから、役を通じてこれからも、いろいろな方々の気持ちを大切に演じ、さまざまな経験が誰かのお役に立てたら…と思います。


《「さくらの親子丼」は、事情があって家族と暮らせない子供たちに、無償で親子丼を振る舞うおせっかいなおばさん、九十九さくらが主人公。真矢さん主演で29年に放送されると、好評でシリーズ化。これまで第3シリーズまで放送された》


虐待や親の失踪などで、悩みを抱えた子供と、何とか彼ら彼女らの力になりたいと思っている大人を描いた、リアリティーのあるドラマです。

しかし最初、さくら役のお話をいただいたときは、それまでキャリア女性の役が多かった私は、自分のイメージにないキャラクターをできるか、不安の方が大きかったです。でも台本を読み進めていくと、さくらは行き場を失った子供たちに食を通じて手を差し伸べ、寄り添う役。厚みのある心の強さが、キャリア女性の役と変わりなく映りました。

自分の息子が未成年の少女に殺された、被害者家族の設定でもあり、子供のいない私にリアリティーある役作りができるか、悩んだりもしましたが、児童虐待という大きな社会問題を扱っている作品ですから、ドラマという形から、視聴者の方に問題提起もできると思いました。そして今までと全く異なる、いわば格好つけることのない世界で、「自分自身どう見えてもいい、役に徹したい」と何かこのあたりから吹っ切れました。


《第1シリーズでは古書店の店主として、店先で事情のある子供たちに親子丼を振る舞ったさくら。第2シリーズでは、行き場のない子供たちが一時的に避難できる「子供シェルター」の食事スタッフに》


続編が決まったときは、とてもうれしかった。このドラマで、「子供シェルター」の存在を知る子がいるかもしれない。困っている子供がいたら、自分で声をあげていい、自分を守ってくれる場所もあるのだと、知ってほしかった。福祉の現場を支える、いろいろな立場の人がいることを知り、私自身も、その活動に何か貢献できたらと思います。さらに(令和2年放送の)第3シリーズでは、コロナ禍で自宅で過ごす時間が増え、子供の虐待リスクも高まる中、より深く強いメッセージを発信できたと思っています。

実はさくらを演じるようになってから、街でお子さんから「さくらさんでしょ?」って声をかけられるようになりまして、それはこの仕事を続けていて、何よりうれしい瞬間です。


《ちなみに真矢さんも子供の頃、母、雪子さん手作りの親子丼や雑煮をよくほおばった》


母は、遠足のおやつにポテトチップを手作りしてくれたほどの料理好き。私も母の介護が始まってからは、母の好物サクラエビで、よくかき揚げを作りました。母の出身地、神奈川で取れるから懐かしいのか、いつも笑顔を見せてくれました。母とのコミュニケーションを円滑にしたのも、改めて〝食〟だったと思い出します。(聞き手 飯塚友子)

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