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不破聖衣来の快走に 論説副委員長・別府育郎

皇后杯・第40回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会の第4区。今出川通を走る拓殖大・不破聖衣来 (群馬)。区間新記録を出した=京都市左京区(林俊志撮影)
皇后杯・第40回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会の第4区。今出川通を走る拓殖大・不破聖衣来 (群馬)。区間新記録を出した=京都市左京区(林俊志撮影)

冬の週末は、テレビ観戦に忙しい。新装開店のラグビー「リーグワン」では東京SG(旧サントリー)の南太平洋のトップスターに日本代表が絡む見事なパスの連続に目を見張り、正月の箱根駅伝では往路1区の中大2年、吉居大和の快走に胸を熱くした。

全国都道府県対抗女子駅伝では群馬4区、不破聖衣来(せいら)(拓大)の13人抜きに魅せられた。広中璃梨佳や田中希実に続きキラ星のごとく新星が現れる中長距離界はまばゆいばかりの光を放っている。

「不破」の姓には、少々苦い記憶がある。ロサンゼルス五輪が開催された1984年、高校生だったスプリンター、不破弘樹は100メートルを電動計時10秒34で走った。これは東京、メキシコ五輪代表の飯島秀雄が残した日本記録に長い年月を経てようやく並ぶ、陸上界待望のタイ記録だった。

当時、取材の機会があった。彼が「僕の姓は、やぶれずと読め、負けない名前なんです」と話すので、ついつい「それをいうなら『不敗』ではないのか。『不破』では記録を破れず、タイ記録止まりということになる」といらぬことを言い、「ひどい」と怒らせてしまった。少年が自らにかけた暗示を剝ぎ取るような、心ないやり取りだったと思う。

もっとも彼はその後、87年の東京国際ナイター陸上でベン・ジョンソンと走って10秒33の日本記録(当時)を更新し、91年には10秒32の自己ベストを記録した。

同時代のスイマーに、不破央がいた。弘樹とは、はとこの関係にあたる。100メートル平泳ぎで日本記録を更新し、世界ランクの最高は4位。全米オープン優勝の実績もあり、ソウル五輪のエースとして期待されたが、心身に不調をきたし、代表の座を逃した。

バルセロナ五輪でも選に漏れて職を転々とした後は青年海外協力隊入りして中米グアテマラで水泳指導にあたった。長く放置されたプールを一人で掃除するところから始め、彼を慕う子供たちと涙で別れた帰国後はクラウン(道化)を学んだ。水中パフォーマーとして活躍し、ドラマや映画「ウォーターボーイズ」での水泳指導、振り付けは、彼の仕事である。

不破弘樹を怒らせた会話を、彼にも伝えたことがある。

答えはこうだった。

「うちはいいんです。破れず、の不破で。実家の家業は、テント屋ですから」

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