難病乗り越え、デュアルスキーで描く夢 89歳 三浦雄一郎さん

デュアルスキーで滑る三浦雄一郎さん(右)と中岡亜希さん(左)=1月22日午後、札幌市手稲区のテイネスキー場(木村さやか撮影)
デュアルスキーで滑る三浦雄一郎さん(右)と中岡亜希さん(左)=1月22日午後、札幌市手稲区のテイネスキー場(木村さやか撮影)

冒険家でプロスキーヤーの三浦雄一郎さん(89)が新たな冒険への一歩を踏み出した。昨夏に頸髄(けいずい)硬膜外血腫を発症、下肢にまひが残るが、来年にヨーロッパ最高峰、エルブルース(ロシア、標高5642メートル)のスキー滑降を目指すと宣言。代表を務める「ミウラ・ドルフィンズ」(東京)では着座式の「デュアルスキー」の普及など全ての人が自然を楽しめる「ユニバーサルフィールド&ツーリズム」を推進するという。

椅子とスキーが一体となった「デュアルスキー」に乗った雄一郎さん。操縦するのは、約1年がかりで資格を取得した次男の元モーグル五輪選手、豪太さん(52)だ。22日、自宅がある札幌市のホームゲレンデ、テイネスキー場でデモンストレーションを行った2人は、雪煙を勢いよく巻き上げながら、鮮やかな滑走を見せた。

「これ、本当に面白い!」と興奮気味の豪太さんの隣で、雄一郎さんからは「なかなか面白いが、操縦者の腕次第だな」と、プロスキーヤーらしい指摘も。来年のエルブルース滑降については「自分の足で滑りたい」と力を込めた。

欧州最高峰目指して

1970年に世界最高峰・エベレストからスキー直滑降をするなど、世界中の山々を滑り、冒険を続けてきた雄一郎さん。だが、昨年6月に発症した頸髄硬膜外血腫は「100万人に1人」とされる神経疾患の難病。手術は成功したものの一時は寝たきりとなり、まひが残った。

昨年2月末の退院後はリハビリに励み、同年6月に五輪聖火を富士山5合目でつないだ。「冬にはスキーがしたい」とリハビリを重ね、昨年末には自分の足で術後初のスキーを達成。だが「まだまだ初心者並みの滑り」と、納得はしていない。エルブルースに向け、今年は富士登山に挑む予定だ。

一方、雄一郎さんが70歳を過ぎてから3度果たしたエベレスト登頂をサポートしてきた豪太さんは「今後の父にとって、冒険とは何か」をつくづく考えたという。視界が開けたのは、14年前に車いすでの富士登山を支援した中岡亜希さん(45)の姿だ。

記念撮影で笑顔を見せる三浦雄一郎さん(手前左)と次男の豪太さん(2列目左から2人目)、中岡亜希さん(手前中央)=1月22日午後、札幌市手稲区(木村さやか撮影)
記念撮影で笑顔を見せる三浦雄一郎さん(手前左)と次男の豪太さん(2列目左から2人目)、中岡亜希さん(手前中央)=1月22日午後、札幌市手稲区(木村さやか撮影)

筋力が低下する進行性難病「遠位型ミオパチー」で今は首と指先をわずかに動かせるだけの中岡さんは、「やりたい」を諦めずに海外から水陸両用型車いすやデュアルスキーなどの野外活動適応機材を自ら輸入。ユニバーサルツーリズム(UT)の旅行企画などを手がける会社を設立し、普及に努めている。デュアルスキーをフランスから持ち込んだ先駆者だ。豪太さんは「冒険とは体力や技術ではなく、好奇心や『やりたい』という思いなのでは」と感じたという。

高齢や病気など、さまざまな理由で「やりたい」を実現することは容易ではない。困難を「障害がある」と別枠にするのではなく、「誰もが楽しめるように」工夫することは、SDGs(持続可能な開発目標)の一つであり、全ての人が尊重されるインクルーシブ社会の実現につながるもので世界の潮流でもある。

「夢とは、可能性」

中岡さんによると、フランスのスキー場には「当然のように」車いす用ゲートがあり、あらゆる人が自然を楽しむためのさまざまな機器が開発され、人材育成も進んでいるという。雄一郎さんの病を機に、ドルフィンズでは日本国内でも同様の環境整備に取り組もうと、研究機関や企業との連携も進める考えだ。

22日行われたデモンストレーションは、その一歩でもある。参加した中岡さんは「ずっと夢見てきたことがかなって、最高の気分です」と目をうるませ、「どんな活動をしても、『ないものねだり』といわれてきた。でも、世界を驚かせるような挑戦をしてきた三浦さんが取り組むと、説得力がある」と期待する。

「夢とは幻ではなく、可能性のこと」という雄一郎さんの病を機に開いた、新たな扉。ドルフィンズは今後、テイネスキー場にデュアルスキーを常備。普及に向けた有資格者の育成も進めつつ、活用や発信方法を模索するという。(木村さやか)

デュアルスキー スキーと一体となった背もたれ付きの椅子に座った搭乗者を後ろに立つ補助役の「パイロット」がハンドルで支える着座式のスキー。長時間の滑走を可能にするサスペンション(緩衝装置)が付いており、そのままリフトを乗り降りできる。パイロットは訓練後の実技試験を経て資格を取得した専門家で、ミウラ・ドルフィンズが導入したデュアルスキーを操作できるパイロットは日本国内でまだ30人に満たないという。障害のある人や高齢者だけでなく、スキー初心者らも楽しめる機材として注目されている。


会員限定記事会員サービス詳細