一聞百見

「音声の時代が来る」ボイシーCEO、緒方憲太郎さん

「今までなかった価値を生み出したい」と語る緒方さん=東京都渋谷区のボイシー(酒巻俊介撮影)
「今までなかった価値を生み出したい」と語る緒方さん=東京都渋谷区のボイシー(酒巻俊介撮影)

起業家は自ら描いた未来に自分を賭ける。緒方憲太郎さん(41)はあるとき「音声の時代が来る」と確信した。6年前にネット上で音声プラットフォームを運営するVoicy(ボイシー)を起業、新ビジネスは加速がつきはじめた。新しい価値が生まれたのだ。起業家の心の内とは、どんなものなのだろう。

「声のブログ」配信

「無いものがあるようになるってステキですよね。一気に文化が変わることもある。起業には課題解決と価値創造の2つの型がありますが、僕は後者のタイプですね。どーんと価値を生んで、お金に変えたい」

ボイシーは、「声のブログ」や新聞社の音声ニュースを配信している。千人以上の多様なパーソナリティーが独自に番組をつくる声のブログは、スマートフォンで録音し編集もなく配信できる手軽さだ。

「人生が充実し、多忙きわまりない人でも手間をかけずに発信できる。そんな人たちが何をし、何を考えているのか聞きたくないですか。いままで発信できた人はプロかヒマがあるか、どちらかに偏っていた」

平成28年の創業当時、ダンボールで仕事をする緒方さん(右)らボイシーのスタッフ(提供写真)
平成28年の創業当時、ダンボールで仕事をする緒方さん(右)らボイシーのスタッフ(提供写真)

パーソナリティーはタレント、脳科学者、同時通訳者、美容師と職業や話すテーマも多岐にわたり、アプリで好きな番組を聞ける。水をボトルに詰め、ミネラルウオーターとしてラベルを付けると、流通可能な商品になったことを思う。形のない音声をパッケージし、ネットを使った配信システムをつくり、今までなかった価値を生み出したのだ。

音声の時代を予感したのは、技術への着眼もある。

「動画は映画、テレビ、ユーチューブ、ティックトックと新しいフォーマットが次々と出てきたが、音声はラジオのままだった」

ネットの時代に合った音声フォーマットを作れば、需要はあると踏んだのだ。歩きながらでも、家事をしながらでも、音声は聞くことができる。テキストや映像より身体拘束が少ない。

「歴史的に人は、情報を得る手間を省いてきた。情報との接点がより自然になると、音声はもっと生活の中に入ってくると思う」

ボイシーを起業後、スマートスピーカーやワイヤレスイヤホンなど、音声機器が急速に浸透してきた。音声との接点が増え、追い風が強くなっている。時代があとからついてくるのは、起業家の醍醐味(だいごみ)だろう。月収600万円を稼ぐパーソナリティーも出てきた。

「GAFA(ガーファ)も音声ビジネスを狙っている。大きなムーブメントが来ています」

人間味ある「声」に信頼

ネット上の音声プラットフォームを運営する「ボイシー」を起業した緒方憲太郎さんは、独特の言い回しが多い。例えば「ひとはベストのものを欲しがっているわけではない」。反常識的な言葉はまるでリトマス試験紙のように、存在するのに気づかれていない価値を浮かび上がらせる。

ボイシー社内でスタッフと会話する緒方さん(酒巻俊介撮影)
ボイシー社内でスタッフと会話する緒方さん(酒巻俊介撮影)

面白い話がありますと緒方さんは言う。「ラジオの通販って、すごく返品率が低いんです。カーテンいい色ですね、扇風機いい風来てますねって、見えない。それでも買うんです。なぜだと思いますか」

全く知らなかった。理由も見当がつかない。

「人はあふれかえる情報に溺れている。商品のレコメンデーションは見切れないし、ゴーストライターかもしれない。でも声はウソをつけない。本人性が高くヒューマニティー(人間味)がある。信頼できるひとがこれいいよって言えば、買いたくなるんです」

この考えはボイシーに生かされた。パーソナリティー自身がスポンサー企業の名を告げる。好きなパーソナリティーを支援する企業として、聴取者への訴求効果が高いという。従来のコマーシャルは番組内容と切り離されていた。常識が変わってきたのか。環境や人権への取り組み、すなわちヒューマニティーが、企業価値を高める時代である。

「ベストのものを欲しがっているわけではない」も、ヒューマニティー時代の現象なのだろう。

「上手ではなくても、かわいくなくても売れるミュージシャンがいる。ベストオブベストより、自分にとっていいもの、愛着が大事になっているのです。だから、早い、安い、美味(うま)いで売る商売は、苦しいんじゃないでしょうか」

最安値、最高品質を求める傾向はなお強いように思うが、気づかぬうちに異なる胎動が起きている。新聞という「オールドメディア」に身を置く記者を突き刺したのは、次の言葉であった。「何がプロフェッショナルかは時代とともに変わっていくでしょう」

「プロとは稼げることであって、需要の変化で稼げなくなればもうプロとはいえない。歌舞伎とはこういうものとこだわっていても、時代に合わせた変化も求められる。ユーチューバーで稼げるなら、それはもう立派なプロといえます」

自らのキャリアも自分らしいプロの道を求めてきた。大学を出て監査法人に入ったが29歳で休職し、そのまま退職した。公認会計士としての将来が見えてしまったからだという。人生を楽しみたいと海外に出た。ニューヨークでベンチャービジネスを支援する著名企業に2年ほど勤め、米国エリートたちの働きぶりを目の当たりにした。

2012(平成24)年、米ボストンでオーケストラのディレクターを務め公演を成功させた(提供写真)
2012(平成24)年、米ボストンでオーケストラのディレクターを務め公演を成功させた(提供写真)

「アメリカでは、新しく不確定な分野に行くことがかっこいいという気分が、優秀な人ほど強い。日本はまるで反対。人材の使い方が間違っているというか、もったいないと思う」

ボイシーで音声事業を行う一方、いまもビジネスデザイナーとしてベンチャー支援に取り組んでいる。(坂本英彰)

「優秀な人が新しい分野に行かない日本の人材の使い方はもったいない」と話す緒方さん=東京都渋谷区(酒巻俊介撮影)
「優秀な人が新しい分野に行かない日本の人材の使い方はもったいない」と話す緒方さん=東京都渋谷区(酒巻俊介撮影)

【プロフィル】おがた・けんたろう Voicy(ボイシー)代表取締役CEO、ビジネスデザイナー。昭和55年、兵庫県芦屋市生まれ。大阪大基礎工学部卒後に同経済学部に編入して卒業。公認会計士資格取得。平成18年、新日本監査法人に入社。29歳で休職しその後退社。世界各地をまわり、米国でコンサルティング会社、アーンスト・アンド・ヤングに約2年間勤務。帰国後にがん遺伝子検査を仲介する会社を起業し、3年後に売却。平成28年、インターネット上の音声プラットフォームを開発運営するボイシーを創業。

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