衆院落選の自民・森下千里氏、今も「辻立ちクイーン」

衆院選後も辻立ちを続ける自民党の森下千里氏=20日午後、宮城県石巻市(奥原慎平撮影)
衆院選後も辻立ちを続ける自民党の森下千里氏=20日午後、宮城県石巻市(奥原慎平撮影)

昨年10月の衆院選で落選した自民党の森下千里氏の動向は宮城政界で注目が集まっている。森下氏は衆院宮城5区で立憲民主党の安住淳元財務相を相手に2万票差まで迫った。政治経験のない〝落下傘候補〟の初陣として次につながる戦いぶりといえる。ただ、次の衆院選挙区は定数配分が見直され、宮城4~6区は2選挙区に再編される方向だ。再挑戦できる保証はないが、森下氏は街頭に立ち続けている。

「日本の美しい風景が守られているのは生産者のおかげだ。第1次産業にたずさわる人の元気を支えていきたい」

20日、宮城県石巻市の市街地の交差点。ピンクのジャケットを羽織った森下氏は行き交う車に向かってマイクでこう訴えた。ジャケットの胸元には北朝鮮による拉致被害者の救出を願うブルーリボンが光る。街頭に立つ森下氏はおなじみの光景になったためか、運転手や子供は車内から相次いで手を振った。

森下氏は昨年冬に党の宮城5区候補の公募に応じ、内定を得た。4月以降、石巻市に移住し、政治活動を続けている。愛知県出身の元芸能人で、宮城と特別深い関係があったわけではない。

落下傘候補として準備期間は約半年間しかない。さらに相手は平成8年衆院選から当選を重ねる立民重鎮の安住氏だ。それでも6万1410票を獲得した背景には森下氏の精力的な活動がある。

愛称の「辻立ちクイーン」を体現するように衆院選まで街頭演説を約1600回行ったという。時間を惜しむあまり化粧もろくにせず、周囲には「最近久しぶりにマスカラを買った」と笑う。

その精力的な活動は衆院選敗退後も衰えない。宮城5区の再挑戦を志し、支援者を訪ねては地域の課題などを聞いている。

5区の幹部らも宮城5区支部長の再任について満場一致で森下氏を推す。県連の幹部会議でも異論はなかった。ただ、党の対応は不透明だ。昨年12月17日、県連幹部は森下氏を連れ、党本部で茂木敏充幹事長や遠藤利明選対委員長と面会し、5区支部長に森下氏を推す方針を伝えたが、回答はいまだないという。

党本部が森下氏の再任に慎重になる背景には、衆院選挙区の定数が見直されるためとみられる。「1票の格差」を是正するため、宮城の選挙区は次回衆院選で6から5に減ることが決まっている。森下氏の5区を含めた4区と6区が2選挙区に再編される方向だ。4区も6区も現職が存在し、森下氏が宮城県の衆院選の選挙区から出馬できる見通しは厳しい。

県連幹部には森下氏の政治家としての将来性に期待し、地方議員への挑戦を勧める声もある。ある県議は森下氏について「安住氏相手にあそこまで戦えたのは、地方議員が自主的に動いて支えたためだ。それは森下氏の政治家としての魅力だ。長い目で地方議会を経験するのもいい」と述べ、県幹部も「資質があるからこそ、県議として頭ひとつ抜き出る存在になり得る。衆院選の挑戦はその後でいいのでは」と語る。

ただ、森下氏は産経新聞の取材に地方議員転出について「考えていない」と否定する。「宮城5区がなくならないようにと思って活動している。少しでも光があるなら、いちるの望みを託したい」と語った。

そこまで森下氏が国会議員を目指す理由は東日本大震災の1日も早い復興のためだという。森下氏は震災直後から岩手県の沿岸部に通い、ボランティア活動に力を入れ、「震災で被災した宮城の復興のため、行動ができる人間になりたい」と強調する。最近は地元を回る中で認識も変わってきた。「想像以上に地域には河川の氾濫や排水処理の整備など特有の課題があった。(衆院議員になり)少しでも役に立てればと思う」と意気込んだ。(奥原慎平)

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