朝晴れエッセー

使われなかった鞄・1月20日

大正生まれの父は物を捨てられない世代だった。仕事の鞄(かばん)がボロボロになってもほつれを自分で直し使っていた。

買い替えを勧めても決まって返事は「まだ使える」だった。見兼ねた私は初任給でキャメル色の鞄をプレゼントした。

父は包みを開けるとしばらく無言で見つめ、一言「ありがとう」と言って、しまってしまった。しかし、何日たっても使っている様子がなく、事情を聴くと決まって返事は「そのうちに」だった。

そのうちに使うだろうと思いつつも、私も仕事の関係で実家を離れ二十数年がたち、鞄のこともすっかり忘れていたある日、母から父が急死したとの連絡が入った。その数日前に字が書けないと言って書類に代書を頼まれたのが兆候だったのかもしれない。

初七日過ぎ、父の遺品を整理していると、捨てられなかった物が山のようにあった。その中に額が入っているような箱が目についた。開けると見覚えのある鞄で、まさに初任給でプレゼントした鞄だった。しかも、一度も使った形跡がなかった。

母が、父はその箱を開けては「もったいなくて、使えねえなあ」と言ってたよ、と一言。それを聞いて見つめながら涙がこぼれた。なぜ使わなかったのかと恨めしくさえ思った。

そして20年近くがたち、今は誰も持っていないようなタイプのくだんの鞄は私が使っている。もう古くなった。子らから「買い替えたら」と言われる。

でも私の返事は「まだ使える」である。父の思いをしのびつつ…。

阿部雅俊(65) 前橋市

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