1000勝間近の「いぶし銀」、現役続行かけた対局へ

通算1000勝の大台が迫る桐山清澄九段。あと1敗で引退が決まる(南雲都撮影)
通算1000勝の大台が迫る桐山清澄九段。あと1敗で引退が決まる(南雲都撮影)

昭和から平成、令和にわたって将棋界で活躍し、往年の名棋士らとしのぎを削ってきた現役最年長の桐山清澄(きよずみ)九段(74)。史上10人目の通算千勝の大台まであと4勝に迫るが、あと1敗で引退が決まる瀬戸際に立つ。将棋は知力とともに体力も重要な盤上の格闘技。銀を巧みに使うことから「いぶし銀」の異名を持つ74歳は早ければ2月にも行われる対局で、大記録に迫るか引退かをかけた勝負に挑む。

あと1敗

令和3年12月7日。桐山九段は大阪市福島区の関西将棋会館で、南芳一(よしかず)九段(58)との竜王戦の予選にあたる、トーナメント方式の5組ランキング戦初戦に臨んだ。

南九段は棋聖などタイトル7期を誇る。対局は午前10時に始まり、桐山九段が勝勢となる場面もあったが、反撃にあって午後10時過ぎに投了した。

60歳以上の棋士が名人戦の予選にあたる順位戦から陥落した上で、他の棋戦でも負けて参加資格を失うと引退になる。

桐山九段は令和2年に陥落し、現在参加できる棋戦は竜王戦のみ。その竜王戦ではルール上、今期は1つ上のクラスへの昇級が現役続行の条件だ。

南九段に敗れたことで、同クラスの敗者同士で残りの昇級枠を争うトーナメントの「昇級者決定戦」に回る。勝ち抜かなければ昇級はかなわないどころか、1敗でもすれば引退が確定。通算千勝の道は険しくなった。

不屈の精神で

8歳の桐山清澄九段(左)と升田幸三実力制第四代名人=昭和31年、桐山清澄九段提供
8歳の桐山清澄九段(左)と升田幸三実力制第四代名人=昭和31年、桐山清澄九段提供
桐山清澄九段(左)が棋聖位を防衛した際の就位式。日本将棋連盟の大山康晴会長(当時)から贈位状を受けた=昭和62年、大阪市
桐山清澄九段(左)が棋聖位を防衛した際の就位式。日本将棋連盟の大山康晴会長(当時)から贈位状を受けた=昭和62年、大阪市

プロ入りから56年を迎えようとしている。将棋のありようは大きく変わった。現在の将棋界はAI(人工知能)での研究が主流。培った経験から浮かぶものとはまったく違う手を最善手として示され、戸惑いを感じることも。桐山九段は「私の若い頃とまるで別物の将棋になった」と話す。

「いい内容もあったのに終盤でなぜか転んでしまう」。平成30年から翌年にかけて、26連敗を喫したこともあった。

しかし、くじけることはなかった。自身もAIを使った最新の研究を取り入れ勝ちを追った。「若い頃から育ててきた感覚も残しながら、うまく取り入れられたら」と前を向いてきた。

将棋が好きだから

元「週刊将棋」編集長で大阪商業大学公共学部助教の古作登さん(58)は桐山九段のすごさを「昔からご自身が指す将棋に謙虚で、今も貪欲に知識を取り入れようとしている」と指摘。「70代で今の将棋界で指せていることが驚異的だ」とも語る。

元奨励会員でアマチュア強豪でもある古作さんは、アマ枠で竜王戦に参加したことがある。持ち時間各5時間。対局が深夜に及ぶこともある。「ずっと盤面を読み続けるので、50代の私でも夜には体も脳も疲れきってしまう」(古作さん)。羽生善治九段(51)もかつて、対局後に体重が3キロ落ちたと明かしたことがある。

知力と体力がぶつかる世界を生き抜いた。これまでも訪れた引退の危機は何とかしのいできたが、今期はさらに厳しい。

「現役でいる限り、精いっぱい指すのが務め。今まで指せたことに感謝し、体調に気を付けて次の対局に臨みたい」と桐山九段。負けが重なっても今日まで取り組んでこられた理由は「将棋がものすごく好きだから」。昇級者決定戦を迎える日まで、変わらず鍛錬を続ける。(中島高幸)

きりやま・きよずみ 昭和22年生まれ。奈良県下市町出身。8歳の頃、升田幸三・実力制第四代名人(故人)が近くの旅館に訪れた際に資質を認められプロを目指す。41年に18歳でプロ入り。半年早く棋士になった中原誠永世棋聖とともに「東の中原・西の桐山」と並び称された。棋聖3期、棋王1期。トップ棋士10人だけが入れる順位戦の最上位A級に14期在籍し、名人戦の挑戦者になったことも。弟子に竜王や名人などを獲得した豊島将之(とよしま・まさゆき)九段(31)らがいる。

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