ビブリオエッセー

少女を見守る「お友だち」 『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著 土屋政雄訳(早川書房)

前作から6年ぶりに出版された新作長編ということで昨年、さっそく買い求めました。手にしたとき、分厚くて最後まで読み通せるか心配になりましたが、本をめくると「母・静子をしのんで」とあり、私と同じ名前と知ってにわかに親近感と興味が湧いてきました。

小説の語り手、クララは人工知能を搭載したAFというお友だちロボットです。人間そっくりなのでしょう。お日さま、つまり太陽のエネルギーで動きます。物語はお店のショーウィンドーで同じAFのローザやレックスとお客を待つ場面から始まります。子供と連れ立って歩くAFがいたるところにいる時代。AFには子供の成長を見守る役目があるのです。ある日、病弱な少女ジョジーが母親とお店に現れました。

私もすぐに最初の心配はなくなりました。面白くてページをめくる手が止まらない。ジョジーに伴われたクララは型落ちのAFでしたが学習能力や人間の感情を読み取る能力に優れ、愛情への理解を深めていきます。一方でこの世界には「向上処置」という遺伝子の編集技術が一般化されていました。受ければ子供の能力が増進しますが、受けられない家庭との間に格差、社会の分断が生まれます。ただし副作用も覚悟しなければなりません。

いろいろな視点から読み解けそうな物語ですが、それにしてもなぜイシグロさんはこんなにも優しい本が書けるのでしょう。残酷な未来社会を描くときも、そこには切なさやいとしさがあります。読者に勇気を与え、寂しさの中にもどこかに灯火を見いだす知恵を教えてくれる、そんなお話だと感じました。

ジョジーとクララがその後どうなっていくのか、ぜひ読んでみてください。おすすめしたい「私の一冊」です。

大阪府東大阪市 河野静子(71)

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